岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

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ウィンザー・マッケイという奇蹟♪

 

リトル・ニモの大冒険

Little Nemo in Slumberland(日本語版)

ウィンザー・マッケイ パイ インターナショナル ★★★★★ 宝物!

 

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この本のすばらしさを言葉で語るのは難しい。

言葉で表現できるなら、ウィンザー・マッケイの絵は必要ないからだ。

絵がすべてを語っている。それも雄弁に楽しく、ユーモラスに!

 

芸術という言葉で括るにはあまりにも無邪気な空想世界。

ここにあるのは、大人の価値観を寄せつけない自由な発想だけである。

これが成人の描いたものであるという奇蹟!

多くの大人が生きる上で邪魔になるだけの稚気を武器に描き上げた世界。

 

マッケイは、その眼で見た夢の王国を絵筆で記録したのだ。

 

日本のマンガに慣れ親しんだ者にとって、

この世界を堪能するにはちょっと忍耐がいる。

ストーリーマンガが主流の日本のコミック界には、

『空想的な資質』を持った画家がほとんどいない。

そう、この本はまさにその空想の産物以外の何ものでもないのだ。

しかも『読み物』ではなく『見て楽しむもの』である点が貴重である。

 

この本はダイジェスト版のため、ところどころお話が飛んでいる。

それでもニモの世界を十分に堪能できるのは、

物語に重きを置かない創り方にあるのだろう。

リトル・ニモの世界は、明らかに絵の発想が先にあり(またはほぼ同時かも)

必ずしも起承転結のカタルシスを味わう作風とは一線を画する。

欧米のコミックの作りがほぼそういうものなのかもしれないが、

マッケイの資質に依るところが大きいだろう。もう天性の空想画家なのだ。

 

その空想も大人のものではなく、

子ども(それも男の子)そのものと言っていいが、

マッケイ特有のユーモアは上品な大人の味である。

子どもの無邪気な発想に上質な大人の笑いが加味された独特の世界は、

下ネタやエログロナンセンス、暴力や性描写を全く必要としない。

そういうものを一切使わずに成り立つ世界である。

 

★★ 

マッケイの特徴として、独特の飛翔感がある。

マッケイの時代は、

今では当たり前の効果線というマンガ技法がまだ発明されていなかったか、

あっても完成されておらず、動きが静止しているように見える。

しかしこの静止感というのが、今見ると非常にユニークで絵画的ですらある。

 

動きの一つ一つが、

その一瞬を切り取られたように静止しているという不思議な絵。

体がふわっと浮かぶときの髪の毛や洋服が空気になびく、

その一瞬をとらえた魅力的な構図。

登場人物たちは、上へ浮き下へ落下し、さらに爆風で吹き飛ばされる。

現実には激しさを伴うそれらの動きが『止まって見える』という

一枚絵のような世界。

 

それはマンガの手法である『コマからコマへ』という動きを遮断する。

そこに日本のストーリーマンガにはないリズムが生まれるのだが、

これが読みにくい。

どうしても視線がひとコマに描かれた密度の濃い絵に惹きつけられて、

次のコマへなかなか進めない。

5~6コマぐらい見ているだけで感嘆のため息が出て、どっと疲れてしまう。

吹き出しのセリフも現実の会話に比べ説明的で読んでいてシンドイ。

 

ただこれらは作品の欠点では決してなく、そういうスタイルだということ。

だから読み慣れていない読者にはとっつきにくく感じるだけなのだが、

日本では流行らないでしょうね、こういうスタイルは。

とっても魅力的なんだけど♪

 

★★★

さらにマッケイの絵を見てシビレるのは、その写実性だろう。

夢そのものを描いているのに、いわゆるマンガチックな誇張がほとんどない。

現実の人間、動物、建物を正確に魅力的に描き、そのデッサンに狂いがない。

私のお気に入りはマッケイの描く動物だ。

これがねえ~ ああそう描くのね! ってクギ付けになった。

 

You Tubeにマッケイがペンでニモの絵を描く動画がアップされているが、

これは驚くよ!

https://www.youtube.com/watch?v=hZF0P6SJUvI

 

まず下書きなしでいきなりペン描き、筆でベタを塗って完成させている。

しかも早描きで狂わないのだ!

もう天才でしょうこれは! マネできないよ!

本人は至って自然体で描いている。

もう描けちゃうんでしょうね。うらやましい!!

 

平面的な構図が数コマ続くと、次に大ゴマで立体的に描くというリズム。

舞台劇のような平面構図の中では、主に時間の経過が描かれる。

主人公ニモの周りで徐々に背景が拡大されたり縮小されたりと、

微妙に変化していく。見事のひと言!

 

その平面構図が突如立体的な構図に変わるのだが、

これが奥行きのある『完璧な遠近法』で描かれる驚き。

車も飛行機もビルもすべてに狂いがなく正確無比。

しかも定規をほとんど使わずにフリーハンドで仕上げている。

あなたは神さまですか!!

 

キャラクターの一挙手一投足が精密に計算されてるんだけど、

おっかしいんだよね♪

だから凄さを感じる前に笑ってしまうが、

しばらくすると背筋がゾクゾクして震えが止まらなくなる。

これはもうね、人間のお仕事じゃないですよ。神さまの領域です。

しかしこの神さまは冗談がお好きなようで、

『そこまで描く?』というほどに何でも大袈裟に誇張する。

この誇張の仕方が何ともありえない世界を創り出すのだ。

もう何度も笑うよ♪

 

そういう神さまのお仕事が

ダイジェスト版ながら『日本語』で読めちゃうという奇蹟!

これを見逃すのはもったいない。見応え読み応え十分でお釣りが来ると思う。

今から100年も前に、パソコンなど使わずに、

すべてを手描きで描いた人の貴重な記録だ。

すごいですよ、これはホントに! 100年後も決して色褪せることはないと思う。

興味のある方は、絶版になる前にぜひ購入を!

 

 

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