岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

興味を持った本と映画のレビューとイラストを描く♪

自己肯定感(自信)はどう身につけるの? というお話♪

 

 

でさぁ

自信って、どうよ?

 

 

 

えっ、なんて?

 

あんさん、自信ありまっか? 聞いてます。

 

そんなんあるかい! カケラもないわ!

 

自信持って言うなよ~

 

ハイ、枕話が終わったところで本題に入ります

あなたは自信がありますか? というお話です。

 

 

かなりの長文ですので、

お読みになる方は休み休みどうぞ♪

 

 

画家はどうやって自信をつけるの?

 

自信のつけ方に関してはたくさんの本が出ています。

Amazonで検索すればわかりますが、

そのほとんどが成功者が書いた書物です。

起業家とかメンタルトレーナーとか、

その道で成功した方々が書かれたものですから、

それなりに説得力があります。

 

私も若い頃、それらの本に随分お世話になりましたが、

徐々に読むのが辛くなりました。

自分にできないことばかり書いてあるからです。

それはアンタだから出来るんであって、私には無理ってね。

 

これから書くことは私の個人的な体験談です。

つまり、私はどうやって絵を描いてきたのか。

今どうやって描き続けているのか。

描いていて、嫌になることはないのか。

自信を失ったり、挫折したことはあるのか。

そこからどう立ち直ったのか etc… などです。

 

個人的体験談なので汎用性はありませんが、

要約すれば、

プロだって辛いのよというお話です。

 

 

♠︎

そもそも自己肯定感が低い人は自信をつけるということを

どう考えているのでしょうね。

ある日突然自信はつかないというのは常識なんですが、

自信への近道があると思っているのでしょうか。

自分だけが知らない魔法の近道があって、

その力で一瞬にして自信家になれる、みたいな♪

そんなんあるかい!

 

画家の私が絵をどう上達させてきたかというと

これは一歩一歩、地味に地味に積み重ねてきました。

とにかくたくさん描いてたくさん失敗する。

そして考えます。

どこが悪いのだろうかと、答えが見つかるまで。

地味ですよ~ 気が遠くなるほど地味な作業です。

 

とにかく地味

これがキーワード!

まず、このジミー君とお友達になることです♪

 

 

私が絵を描いているところをTV中継しても

面白くもなんともないと思います。

プロフェッショナル 仕事の流儀という人気番組があります。

 

あの番組に出ている人は、みなさんカッコいいですよね。

あれはTVですから、そう演出しているんです。

ナレーションが入り、音楽が流れ、テロップに言葉が出ます。

だからカッコ良さげに見えます。

 

あの番組出演者の日常にはナレーションなどありません。

音楽も流れないしテロップも出ません。

地味な日常作業の積み重ねのはずです。

 

私が絵を描くのも同じです。

まずアイデアを考えますが、私の頭の中は中継できません。

今、岩井田は考えている。生みの苦しみだ。

なんてナレーションは流れません。

 

イデアが出たら下絵を描きます。ただ黙々と。

バックに音楽なんて流れないんですよ。

 

それから、ペン画の場合はペン入れを

彩色画の場合は絵の具で色を塗ります。

 

今、岩井田は色を塗り始めた。彼の彩色には流儀がある。

なんてナレーションは流れない。無音です。

 

それを延々と365日繰り返すだけ。他に何もないです。

とにかくたくさん失敗してたくさん描き直す内に、

ある瞬間、スッと描けるようになるんです。

魔法のようにうまくはなれません。

もう地味。毎日ジミー君です。画家も作家も。

 

一般の方は意外と知らないんですよ、そういうこと。

きらびやかな職業だと思ってます。

「岩井田さんは夢があっていいですね」と言われます。

 

夢を実現した人は、その夢を失う恐怖と毎日戦っている

なんて誰も考えないわけです。

 

ある才能に恵まれると、

その才能をいつか失う不安や恐怖と対峙しなければなりません。

 

私は若い頃、ある日絵が描けなくなるんじゃないかと思うと

怖くて怖くて寝られなかったことがある。

だから明け方まで外を歩くんです。

そして、くたくたに疲れてようやく眠れる。

そういう日を定期的に何度も繰り返しました。

 

いつか描けなくなる日が必ず来る。

それが明日なのか10年後なのかわからない。

もう怖くて怖くて夜中に叫びだしたくなる。

で、サンダルつっかけて飛び出してね、

何時間も何時間も歩くわけ。

くたくたになるまで歩かないと寝られないですからね。

寝るのは朝の7時頃なんです。

今思うとよく生きてたなぁ、よく絵を描き続けられたなぁと思う。

 

特殊な才能を持つことは、

そういうリスクとワンセットなんです。

一般の方はそれを知らないから、夢があっていいって言いますが、

そんな甘いもんじゃないんですよ、怖いんです。

 

絵を描く能力は神様からのギフトです。

それを大事に使いなさい。そして社会のために役立てなさい。

そういう条件で戴いた力なのだと思います。

 

有名になるとか、お金持ちになるとかではなく、

自分が生きるために必要な能力であっても、

自分のためだけではなく、社会の役に立てなさい。

そのためにあなたは絵が描けるんですから。

 

多分そういう条件付きで神様から戴いた力だと思う。

だから感謝して大事に使いたい。

無駄遣いはできないんですよ。

 

でも神様は多分気まぐれだから、

ある日突然予告なくこの力を取り上げてしまうかもしれない。

それが才能の枯渇です。

 

泣いても喚いても失った才能は2度と戻ってこない。

そういう恐怖とワンセットなのが才能という特殊能力です。

だから怖いんですよ、毎日怖いです。

 

スパイダーマンと同じですね。

大いなる力には、大いなる責任が伴う

ノブレス・オブリージェ(地位の高い人の義務)とも似てるかも?

与えられた能力には必ず代償があります。

タダではないんです。

 

特別な力は他人に自慢するためにあるものではなく、

どうも他者に奉仕するためにあるらしい。

最近そう思うようになりました。

 

だから「俺は絵が描けるんだ! すごいだろう?」

なんて言ってると、すぐ躓きます。

チョコレート工場の秘密の著者ロアルド・ダールは、

作家の能力について、こう書いています。

 

ある程度の謙譲の精神を持つこと。

自分の作品はすばらしいなどと思い上がっている作家は

必ずスランプに陥る

 

だから自惚れてると怖いですよ~

もうね、急降下ですからね、谷底へ!

這い上がれないですよ~ 簡単には♪

 

 

♠︎♠︎

クリエイターだって人間ですから、

みなさんと同じに未来を考えると不安になります。

自分にはどういう未来があるんだろうって考えます。

明るい未来ならいいけど、そうでなかったらどうしょうって。

その意味では特殊な人間ではないんですよ。

ものすごい小心者かもしれない

 

怠けてるとダメになると思うから怠けられないだけです。

毎日努力してますが、

それは才能が枯渇するのが怖いからです。

「努力家ですねぇ」なんてたまに言われますが違うんです。

ただひたすら怖いだけなんです。

才能が消えてしまうのが。

 

恐怖感に打ちのめされたりはしませんが、

そういう気持ちが常に頭にあるからこそ描き続けられるのだと思う。

そうして毎日少しずつ続けていくと少しは上手くなります。

上手くなると嬉しいです♪

その喜びもいつか消えるかもと思うと怖いけど、

上達するとやはり嬉しいですよ。

そういう地味な毎日の繰り返しなんです。

 

気がつくと少し自信がついている。

その自信を頼りにまた描きます。

また少し上手くなります。または失敗します。

失敗してもいいんです。

成功と失敗はワンセットですから。

 

どうして失敗したんだろうって、失敗作を見ながら考える。

考えて考えて考えていると答えが見つかります。

それを手掛かりにまたチャレンジします。

 

チャレンジの9割は失敗します。

努力の9割は報われません。

 

それでも諦めたら終わり。

絶対に諦めない。とにかく続けるだけです。

 

地味に地味に毎日ジミ~ に続けます。

少なくとも私はそうやって70年生きてきました。

気がついたらおじいさんですよ、嘘だろって♪

 

体はポンコツになりましたが、

精神的には30代~40代の頃からあまり変わらないですね。

自分が年寄りだという自覚はありません。

高齢者なんですけどね、俺じゃないよって思ってます♪

 

意地でもシルバーパスなんか申請しません。

今日もパスモをチャージして使ってます。

(シルバーパスもらいなさいよ、タダで乗れるんだからさぁ)

 

 

挫折や屈辱からどう立ち直ったの?

 

生きてると挫折感や屈辱感を味わいます。

これは誰もが一度は経験する関所みたいなもので、

逃げても絶対に避けられません。

早いか遅いかの違いがあっても必ず体験するように出来てます。

だからこれらの体験はできるだけ若い頃にした方がいい。

精神力や体力があるうちに。

年取ってからだとシンドイですからね。

 

今までネットでは書かなかったんですが、

ここで私の挫折体験をお話しします。

私は広告のイラストからキャリアをスタートさせましたが、

途中で方向転換し、児童書の挿絵画家になりました。

 

『ぼく そらをさわってみたいんだ』という絵本で

挿絵画家としてデビューしたんです。

まだ絵で食えなかった新人の頃なので

アルバイトをしながら2年がかりで仕上げた絵本でした。

 

新人の原稿料なんてスズメの涙ですからね、

初版の印税は36万円ほどでした。

2年がかりで36万円というと年収いくらでしょうかね?

ほとんどただ働きですが一生懸命に仕事をしました。

 

最初は売れなかった絵本ですが、

徐々に認知されロングセラーになりました。

事件はそこで起こったんです。

 

この絵本は一度出版契約が切れて、その後再契約されなかった。

それまでロングセラーでしたので元は取ったのですが、

私の知らない間に出版が続けられていたんです。

つまり無断使用されていたわけです。

3回増刷されたのに印税は支払われませんでした。

出版の連絡(出版報告書)すらなかった。

 

私がたまたまネットでこの絵本の在庫をチェックしていて

増刷を知ったわけです。

出版社に問い合わせると無断で出版していたことを認め、

賠償金を支払うので示談にしてほしいということになった。

 

本来は告訴するべきなんですが、

個人で裁判を起こすのは大変なんですよ。

ですから示談ということになったのですが、

これはね、泣き寝入りさせられたということなんです。

 

その間の経緯については下記ページに詳しく書いてあります。

⬇︎

https://seesaawiki.jp/bokusora/

 

この絵本はとてもいい絵本なんですが、残念ながら絶版です。

多分もう2度と陽の目は見ないと思う。

私のデビュー作がまさかこういう結果になるとは夢にも思わなかった。

人生とは実にそういうものなんですね。

 

会社ぐるみの不正だったと思います。

本が増刷されたのに、印税が支払われず出版報告書も郵送されない。

それでも社員の誰一人気がつかないなんてありえませんから。

印税が支払われなかったことはショックですが、

それ以上に、自分の作品が軽く扱われたことのショックから

何十年も立ち直れませんでした。

 

当初は2~3年で忘れるだろうと思っていましたが、

20年ぐらい苦しみました。

今でも少しトラウマになっています。

 

この20年の間にストレスから強迫性障害という病になり、

心療内科に何年も通いました。

本当に辛かった。

 

ただこの時もね、諦めたら終わりって思ってた。

絶対にリベンジしてやるって。

ただ心がボキボキに折れてるから立ち上がれない。

無理なんですよ、この屈辱感は本当に耐えられなかった。

 

何が解決してくれたかというと時間でした。

少しづつですが耐えられるようになっていきました。

諦めたくなかった。

だから絵は絶対に捨てなかった。

どんなことをしてでも描き続けようと思いました。

 

何でしょうね、根に持つ性格なんでしょうかね♪

この時も頭の中ではアトムが飛んでいました。

私にはアトムの10万馬力はなかったけど、

アトムなら諦めないって心に念じていました。

 

10年ぐらい経つといくらか楽になってきましたが、

フラッシュバックというのがね、あるんですよ。

これ辛いですよ、後遺症というやつですね。

 

でも毎日絵を描いているとその時だけは忘れるんです。

辛いトラウマも何もかも忘れて集中できる。

その状態でさらに10年経ち、今に至ります。

 

今はフラッシュバックはほとんどないですね。

もう少しいい出版社と編集者に巡り合えたかったなぁ

そう思うことはありますが、恨みはないのね。

 

今に見ていろ、月夜の晩だけだと思うなよ!って思うだけで♪

(あんさん、まだ恨んでますやん!)

 

こういう経験は出来ればしたくないです。嫌ですよ。

でも他人事だと思っていたことが自分の身に起きました。

起きた事実は変えられません。

覆水は盆に返らないんです。

 

だから心が折れようがどうなろうが前に進むしかない。

なんか逞しいなぁ俺って思いますがね、

そんなんじゃないんですよ。

もうボロボロなんだから。

 

そんな私を時が癒してくれました。

その20年間にいろんなことを考えました。

人も恨みました。強迫性障害にもなりました。

踏んだり蹴ったりでした。

 

でも絵があってよかった。

横道に逸れなくて済んだから。

自分でもよく乗り越えたなぁって思うんですよ。

そんなに強くないのにね、よく耐えたなぁって。

 

これは特殊な体験なので、皆さんの参考にはならないでしょう。

でも一見、能天気に夢を追ってるおっさんもね、

過去にそういう体験をしてるということなんです。

皆さんも同じだと思いますよ。

 

悲劇っていつ襲ってくるかわからない。

自分は大丈夫なんてことはないんです。

常に危険と隣り合わせなのが人生だから。

 

だから覚悟して生きなきゃダメなんです。

挫折や屈辱体験はまだ他にもいろいろありますがもういいでしょう。

これ以上書くのは辛いから。

 

転んだら立ち上がる。それだけです。

20年転んでましたから、もういい加減転び飽きました。

立ってる方が楽ですよ

 

 

で、どういう人が自信家なの?

 

私が思うに、自分に自信のある人というのは、

自分に自信があるかどうかなんて考えない人じゃないかと。

 

自信のない人というのは、

多分、トラウマになるほどの挫折体験が少ない人だと思います。

打ちのめされて立ち上がる。

また打ちのめされて立ち上がる。

こういうことの繰り返しでしか自信なんて身に付きません。

 

倒れたら立ち上がるんです。

どんなに無様でもいいから立ち上がるの。

そういうシンプルな経験からしか自信は身に付かないと思う。

 

よくね、今の自分を評価したら何点ですか?

なんて質問があります。

こういう質問に自信を持って「120点!」と答える人がいますが、

それは化け物ですよ、化け物!

 

そもそも100点の人間はいません。神様だけです。

歴史上の偉人が90点レベルだと思う。

だから滅多にいませんよ、90点は。

偉人、天才レベルがゴロゴロいたらおかしいですから。

 

80点というのは、偉人ではないにせよ、

か~なり優秀な人たちです。

こういう人もあまりいません。

有名人とか著名人の中に80点レベルの人がいるかもしれませんが、

一般人の中にも少数ですがいると思います。

間違いなく優秀な人たちです。

 

その下の70点台の人たちが、

我々がちょくちょく見かける優等生です。

これも数は少ないですが身近にいると思います。

 

こう考えるとですね、

多くの人は60点取れれば優秀なんですよ。

普通は40~50点ぐらいだと思いますからね♪

 

私なんざ30~50点ぐらいを行ったり来たりです。

それが普通じゃないかと思います。

 

また、5点10点という人も少数でしょうね。

人間そこまで低くはないと思う。

いたとしても本当に少数でしょう。

 

つまりほとんどの人間はいい意味で『どんぐりの背比べ』です。

あまり大差はないと思う。

抜きん出る人というのはあまりいないんですよ、実際はね。

 

部分的に抜きん出ることはあっても

トータルで他より抜きん出る人はあまりいないと思います。

 

ですから自信家というのもあまりいないでしょう。

そもそも自信があるとはどういうことなのかというと、

自分が自信を持ってるかなんて考えない状態じゃないでしょうか。

 

「俺は自信がある!」というのは多くの場合、思い込みです。

または勘違いです。

そんな奴はいないんですよ。自信がないのが普通です。

だから安心していいんです。

 

ところで、岩井田さんは自信がありますか? と聞かれれば、

あまりそういうことは考えません。

画家である私の頭の中は絵のことで一杯です。

どうやったらいい絵が描けるのだろうと。

そればかり考えています。それで一日が終わります。

 

果たして今日の自分は自信があったのか?

なんて考えないですよ♪

「ああ今日もよく働いたな~♪」とは思うけど、

「今日も自信を持って絵を描いた」なんて考えないですから。

うん、考えませんね。

 

ただ、「今日は絵が描けないだろう」とは思わないです。

「今日も描くんだ!」

そう思うことはあっても、描けないとは思わない。

まぁ思いたくないんですね、怖いから。

 

とにかくひたすら無心になって描きます。

そして一日が終わる。その繰り返し。

自信があるのかないのかは気にせずに、とにかく描きます。

若い頃の私にはそれが出来なかった。

 

画家は絵を描いてこそ画家です。売れなくてもね。

作家は文章を書いてこそ作家なのです。

絵を描かない画家や文章を書かない作家はいません。

それは何か別の職業の方です。

 

自分に自信があるのかないのかではなく、

とにかく毎日やるべきことがあり、それを実行する。

なんでもいいですがそういうことを繰り返すうちに、

自信があるともないとも思わない境地に達します。

その時人は、自信を得たと言えるのではないかと。

 

今思えば私も20代は自信など欠片もなく、

不安と恐怖感しかなかったという記憶があります。

過ぎ去ってみると青春は輝いて見えるなんて言いますが、

私の青春はもう真っ暗闇でした。

 

今振り返っても二度とあの時代には戻りたくない。

10億円もらっても嫌ですね、絶対に戻りたくない。

それほど暗い青春でした。

 

あれから50年が過ぎ、

まさか70歳で絵を描いているとは思わなかった。

20代の私の未来予想図では、

すでに絵を諦めて他の仕事をしているはずでした。

40歳前に絵は諦めているだろうと思ってましたから。

だから怖かった。

絵が描けなくなっても生きているなんて地獄だと思ってましたから。

 

30歳から70歳までのことはね、あまり覚えてないんですよ。

ぼんやりとしか覚えていません。

でもあの不安な20代は今でもよく覚えています。

 

世界がどんよりとしか感じられない。

何ひとつ確信が持てず、自分なんてないんです。

時々わけもなく体が震えてくる。

もう怖くて怖くてね、夜中に布団から飛び起きて、

アパートのベランダまで逃げて行ったことを覚えてる。

あの時、ベランダで感じた夜風の冷たさを今でもはっきり覚えてます。

本当に怖かった。

 

時々ですが、暗闇が襲ってくる幻覚も見ました。

怖いですよ~ 寝られないですからね。

呼吸は荒く、寝汗をビッショリかいてね、

夜中にベランダで、はぁはぁ喘いでいる自分がいるんです。

もうほんとに怖いです。恐怖以外の何物でもない。

 

だからよく生きてたなぁとね、今思うわけです。

絵を描くどころじゃないんですよ。

あの頃、どうやって生きてたのかなぁと。

とにかく夜が怖かった。

毎晩、夜が来ないでくれって祈ってましたね。

 

そして未来のことを考えるんです。

どう考えても明るい未来像は浮かばない。

そこには絵を描く自分はもういないんです。

絵を捨てて、何なんだろう

ただどんよりとした世界しかそこにはないんです。

そういう未来しか思い浮かばない。

だから毎日毎日が怖かった。

 

自信とか何とかではなく、ひたすら怖かった。

私の青春はそういうものでした。

鮮明にね、覚えてるんです、その恐怖感を。

だから二度と戻りたくない。

青春なんて二度とごめんです。

 

そして今やっと平穏な暮らしができるようになリつつあります。

あれから50年経ってようやくあの恐怖から解放された。

今70歳になって、生きているのが楽しくなった。

毎日絵が描けることが無性に嬉しいんです。

ただそれだけで、生きててよかったなぁとね。

 

絵が描けるだけで幸せなんです。

自信とかそういうものはね、もうどうでもいいんですよ。

 

自信のあるなしではなく、

とにかくやるべきことがあって、それを実行するのみ。

側から見るとそういう人は自信に満ちているように見えると思う。

結局、自信とはそういうものではないかと、

今私はそう思うのです。

 

どうでしょうかね、参考になりますかね?

汎用性のないお話で恐縮ですが、以上です。

 

 

 

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