岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

興味を持った本と映画のレビューとイラストを描く♪

マンガとは何だろうと再度考えてしまう♪

 

 

宗像教授世界篇01

星野之宣 小学館

★★☆☆☆ 読むのがかなり辛いです

 

 

 

星野之宣さんの作品を読むのは2冊目です。

『海帝』を読みましたが、第1巻で挫折しました。

 

1冊では著者の良さはわからないのでもう1冊読んでみました。

人気シリーズとのことで宗像教授物を購入しました。

 

頑張って何とか第1巻は読みましたが、1週間かかりました。
後半は少し面白くなったのですが、続けて第2巻を読むのは辛いです。

なぜ読むのが辛いのだろう? と考えました。

 

 

まず、これはマンガなのか? という疑問。

マンガなんですよね、これも。

マンガとは何か? という問いは愚問となりました。

それだけマンガ表現が多様になったからでしょう。

だからこれもマンガなのです。
今はこれこそがマンガなのかもしれません。
作者はあの大友克洋さんと同年代の方らしいから。

 

読んでいて思うのは、物語の面白さを感じないということ。

私の感性がそう感じたということで、それが正しいとは言いません。

 

まるで大学の講義を受けているような感覚でした。

物語を読んでいるというより、解説文を読まされている。

そういう読後感でした。

 

著者は独特の歴史観の持ち主らしく、勉強家で博学です。

視点も独特で評価されるのはよくわかります。

でも読んでいて苦痛でした。

 

これなら活字本でいいのではと思います。

元の資料を読んでいないので偉そうなことは言えませんが、

物語として消化しているようには思えません。

あくまで星野氏の見解が宗像教授を通して延々と語られる。

そういうものとしか私には感じられませんでした。

 

例えば手塚治虫先生のマンガにも似たような作りがあります。

資料を調べ、独自の視点で作品にまとめる構成力です。

でも手塚作品は『物語』としても『マンガ』としても面白い。

ここに大きな違いがあるように感じます。

 

 

♥♥

日本のマンガはすでに子供のおやつではなくなりました。

社会的地位を獲得したのです。

でもその頃から夢のある空想性が失われていきました。

 

藤子・F・不二雄(藤本 弘)さんの後継者がいなくなりました。

藤本先生の大人向け作品も絵はあの柔らかいタッチのままでした。

それ以外の絵が描けないと言えばそうなんでしょうが、そこが良かったのです。

藤本さんのSF短編を星野さんの絵で描いたら興ざめでしょう。

 

星野さんの絵が悪いわけではなく、

夢とか空想という要素が削がれてしまうからです。

 

星野さんの作画法は大人向けです。

情報量が多い分、子供には難しい。

子供っぽい私には理屈っぽくて記憶に残らないのです。

 

藤本作品の『大長編ドラえもん』と星野作品を比べるとよくわかります。

多くの資料を読み込んで、空想力で創り上げている点は同じですが、

藤本作品は解説文の羅列ではありません。

物語としてワクワクする面白さがあるのです。

 

それが本来の子供マンガだったと思います。

藤本さんに大きな影響を与えた手塚作品にもそれはあります。

どんなにリアルに描いても、手塚マンガには必ず空想性があります。

いい意味での『絵空事の面白さ』があるのです。

 

そういう伝統が廃れてしまいました。

その意味で、星野さんや大友さんは手塚先生の影響下にあっても

似て非なる描き手なのだと思います。

 

 

♥♥♥

星野さんの絵について少し書きますが、とても達者な絵です。

達者ではあってもリアルさは感じない不思議な作風なのです。

デッサンはしっかりしているし、背景も写真のように正確で丁寧です。

でもそこにリアルさはありません。優等生的と言って良いでしょう。

 

背景のリアルさマンガ絵としての面白さで言えば、

坂口尚さんに勝る描き手はいまだに現れていません。

坂口さんは背景まで全部ご自分で描いています。

人物のタッチと背景のそれが一致していますから。

 

坂口さんの背景は見ていて飽きません。時の経つのを忘れます。

『バージョン』に描かれる風景や人工物の存在感。

『石の花』に描かれる魅力的な背景(特に建造物の正確さ)は目を見張ります。

それでも写真のトレースには感じません。

あくまで『マンガ絵』としての生々しさがあるからです。

 

星野さんも多分大方はご自分で描かれているはずですが、

写真のトレースという感じが常にします。

正確で丁寧だけれど、絵的な魅力をあまり感じないのです。

正確で丁寧なだけでもすごいことなんですが。


星野さんの絵は上図を見て分かるように、とにかく圧巻の一言です。
でも読んでいて辛いんですね。ちょっと息が詰まります。
私流にいうと情報量が多すぎるのです。

だからマンガの絵とは何だろうと考えてしまいます。

それは上手さや正確さとは違うものではないかと。

 

今のマンガ家は動物がほとんど描けません。

特に哺乳類と鳥類が描けないという特徴があります。

描ける人はごく一部なのです。

 

星野さんはというと、その中でも描ける方です。

(偉そうに言ってますがご容赦を)

それでも宗像作品の扉のラクダの絵や5ページ上段のライオンはいいとしても

8ページ下段右下の2頭のライオンは明らかに変です。

 

右下手前のライオンの前足は人間の腕ですし、

後足は関節が一つ多いのではないでしょうか。
変な曲がり方をしていますもの。

後方のライオンの前足も人間の腕の関節と同じ位置で、
顔はほとんど人間です。

左のコマの人間の描写の巧さと比べるとかなり落差があります。


この第1巻には他にも様々な動物(哺乳類)が出てきますが、

上手く描けている絵と不安定な絵が混在しています。

そこは浦沢直樹さんと同じです。

 

お二人とも人間は完璧なのに動物はどこか不安定で、安心して見ていられない。

ペンや筆のタッチで(失礼ですが)うまくごまかしているように感じます。

 

手塚マンガや坂口マンガに登場する『流れるような描線』で描かれる動物は

そこにはいません。

これも不思議なことだと思います。

動物は難しいのですが、

星野さんや浦沢さんほどの『絵師』にしてもという感じです。

 

 

♥♥♥♥

もう一つ、

マンガ絵のリアルさという点についても星野さんの絵は手塚マンガとは違います。

星野さんの絵は達者なんですが『生々しさ』を感じません。

 

人物のほとんどがマネキン人形のような感じなのです。

均整はとれていますが『生々しさ』を感じない。
優等生的というのはそういうことです。

 

私は昔から手塚マンガの『生々しさ』に心打たれてきました。

どうしたらこういう絵が描けるのだろうと。

 

手塚マンガ絵のリアルさは『写実』ではなく『感性』なのです。

例はたくさんありますが一例をご紹介します。

一つは『どろろ』のワンシーンです。

 

古い本ですが、秋田書店のSUNDAY COMICSの第2巻。

そこではどろろの生い立ちが語られます。

 

野党の首領だった父を役人に殺されたどろろは母と二人きりになります。

ある冬の日、

食い詰めた母はお寺が慈悲で行なっているオカユ配給の列に並ぶのですが、

オカユを入れる入れ物がありません。

 

「入れ物がなければオカユはやれんがな」と坊さん。

「この手のひらにもってくださいまし」とどろろの母。

「バカなこと… そんな手にこのあついオカユがもれるものか。ただれてしまうがな」

「いいえ!! かまいません。どうぞどうぞ おねがいします」

 

で、どろろの母の手にあついオカユがもられるんですが、

この時の効果音が『じゅ~っ』という音のみ。『じゅ~っ』ってねえ…

小さなコマですがリアルタイムでこのシーンを読んだ時、私は震えました。

これが母性愛かと!

 

どろろの母は「ありがとうございます」と言って両手にもったオカユを

どろろのところに持っていくのですが、

この時の母の手が斜線で描かれて、赤くなっている様子がわかります。

で、効果音が『ジュ~』

 

「ど…ろ…ろ…や おのみ…おいしいオカユだよ…」

どろろは嬉しそうに母の手からオカユを飲むのです。

 

絵はとてもシンプルです。

柔らかい昔のマンガ絵なのですが、いまだにこのシーンには涙が出ます。

それは写真のように正確な絵でなくても

『リアル』を伝えることができることの証明なのです。

このコマをぜひアップで見てください。


どうでしょう?
母親の両手がすでに水ぶくれになっているのがわかりますか?
痛々しくも愛情あふれる名場面で、胸を打たれるのです。

今のマンガは写実的な細かい表現はあっても
こういうリアルさはあまりありません。



もう一つは『サンダーマスク』という企画物。

ウルトラマンが流行っていた時にテレビ作品として企画されたもので、

手塚さんのオリジナルではないそうですが、個人的に大好きな作品です。

 

不人気で途中で連載が終わり、消化不良の作品となりました。

手塚さん本人の解説によると「もっと長くなる予定」だった作品です。

正直、長くなった作品を最後まで読みたかった。

 

サンダーマスクというウルトラマンのまがい物が活躍する作品で、

手塚節全開でマニアックなんですが、

このマンガを私は繰り返し繰り返し読んでいます。飽きません♪

 

手塚治虫マンガ全集に収録されたものの134ページ。

サンダーマスクに変身する主人公の命光一少年が

宿敵デカンダーと戦うシーンで、

大沢くずれの下敷きになり、生き埋めにされそうになります。
生き埋めです。

 

岩穴に飛び込んで崩れてくる岩石はなんとか避けるのですが、

その後に土砂が穴に流れ込んできて絶体絶命というシーン。

 

ゴロンゴロンゴロン と大きな岩が迫ってくる。

「あ…あ あそこに穴が!!」

光一少年が穴に飛び込んだ後に転がってきた大岩が

ズボーンと穴を塞いでしまいます。

 

 

手塚マンガの効果音には生々しさがあります。
左ページの『ズシン ズシン ズシ ズシ ズシ』って凄くないですか?

 

 

 

自分がこうなったらと考えるとゾッとします。

「ウブ」というのがね、なんとも凄まじい!

これが手塚マンガの『リアル』です。

残念ながら、星野マンガにはない『リアルさ』なのです。

 

写真のように正確に丁寧に描くことと、リアルに表現することは違うのです。

手塚マンガはそういうことを今となっては時代遅れと言われるあの中性的な絵で、

我々に教えてくれます。

 

でも、そのことに関心を持つ人が少なくなりました。

宗像教授作品を読んでそう感じます。

 

物語の創り方も絵の描き方も

手塚マンガから学ぶことは、まだまだたくさんあると思いました。

かなり偏見のあるレビューで、星野ファンの方には申し訳ありません。

 

 

 

岩井田治行コミックス  にほんブログ村/にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ