岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

興味を持った本と映画のレビューとイラストを描く♪

自己肯定感(自信)はどう身につけるの? というお話♪

 

 

でさぁ

自信って、どうよ?

 

 

 

えっ、なんて?

 

あんさん、自信ありまっか? 聞いてます。

 

そんなんあるかい! カケラもないわ!

 

自信持って言うなよ~

 

ハイ、枕話が終わったところで本題に入ります

あなたは自信がありますか? というお話です。

 

 

かなりの長文ですので、

お読みになる方は休み休みどうぞ♪

 

 

画家はどうやって自信をつけるの?

 

自信のつけ方に関してはたくさんの本が出ています。

Amazonで検索すればわかりますが、

そのほとんどが成功者が書いた書物です。

起業家とかメンタルトレーナーとか、

その道で成功した方々が書かれたものですから、

それなりに説得力があります。

 

私も若い頃、それらの本に随分お世話になりましたが、

徐々に読むのが辛くなりました。

自分にできないことばかり書いてあるからです。

それはアンタだから出来るんであって、私には無理ってね。

 

これから書くことは私の個人的な体験談です。

つまり、私はどうやって絵を描いてきたのか。

今どうやって描き続けているのか。

描いていて、嫌になることはないのか。

自信を失ったり、挫折したことはあるのか。

そこからどう立ち直ったのか etc… などです。

 

個人的体験談なので汎用性はありませんが、

要約すれば、

プロだって辛いのよというお話です。

 

 

♠︎

そもそも自己肯定感が低い人は自信をつけるということを

どう考えているのでしょうね。

ある日突然自信はつかないというのは常識なんですが、

自信への近道があると思っているのでしょうか。

自分だけが知らない魔法の近道があって、

その力で一瞬にして自信家になれる、みたいな♪

そんなんあるかい!

 

画家の私が絵をどう上達させてきたかというと

これは一歩一歩、地味に地味に積み重ねてきました。

とにかくたくさん描いてたくさん失敗する。

そして考えます。

どこが悪いのだろうかと、答えが見つかるまで。

地味ですよ~ 気が遠くなるほど地味な作業です。

 

とにかく地味

これがキーワード!

まず、このジミー君とお友達になることです♪

 

 

私が絵を描いているところをTV中継しても

面白くもなんともないと思います。

プロフェッショナル 仕事の流儀という人気番組があります。

 

あの番組に出ている人は、みなさんカッコいいですよね。

あれはTVですから、そう演出しているんです。

ナレーションが入り、音楽が流れ、テロップに言葉が出ます。

だからカッコ良さげに見えます。

 

あの番組出演者の日常にはナレーションなどありません。

音楽も流れないしテロップも出ません。

地味な日常作業の積み重ねのはずです。

 

私が絵を描くのも同じです。

まずアイデアを考えますが、私の頭の中は中継できません。

今、岩井田は考えている。生みの苦しみだ。

なんてナレーションは流れません。

 

イデアが出たら下絵を描きます。ただ黙々と。

バックに音楽なんて流れないんですよ。

 

それから、ペン画の場合はペン入れを

彩色画の場合は絵の具で色を塗ります。

 

今、岩井田は色を塗り始めた。彼の彩色には流儀がある。

なんてナレーションは流れない。無音です。

 

それを延々と365日繰り返すだけ。他に何もないです。

とにかくたくさん失敗してたくさん描き直す内に、

ある瞬間、スッと描けるようになるんです。

魔法のようにうまくはなれません。

もう地味。毎日ジミー君です。画家も作家も。

 

一般の方は意外と知らないんですよ、そういうこと。

きらびやかな職業だと思ってます。

「岩井田さんは夢があっていいですね」と言われます。

 

夢を実現した人は、その夢を失う恐怖と毎日戦っている

なんて誰も考えないわけです。

 

ある才能に恵まれると、

その才能をいつか失う不安や恐怖と対峙しなければなりません。

 

私は若い頃、ある日絵が描けなくなるんじゃないかと思うと

怖くて怖くて寝られなかったことがある。

だから明け方まで外を歩くんです。

そして、くたくたに疲れてようやく眠れる。

そういう日を定期的に何度も繰り返しました。

 

いつか描けなくなる日が必ず来る。

それが明日なのか10年後なのかわからない。

もう怖くて怖くて夜中に叫びだしたくなる。

で、サンダルつっかけて飛び出してね、

何時間も何時間も歩くわけ。

くたくたになるまで歩かないと寝られないですからね。

寝るのは朝の7時頃なんです。

今思うとよく生きてたなぁ、よく絵を描き続けられたなぁと思う。

 

特殊な才能を持つことは、

そういうリスクとワンセットなんです。

一般の方はそれを知らないから、夢があっていいって言いますが、

そんな甘いもんじゃないんですよ、怖いんです。

 

絵を描く能力は神様からのギフトです。

それを大事に使いなさい。そして社会のために役立てなさい。

そういう条件で戴いた力なのだと思います。

 

有名になるとか、お金持ちになるとかではなく、

自分が生きるために必要な能力であっても、

自分のためだけではなく、社会の役に立てなさい。

そのためにあなたは絵が描けるんですから。

 

多分そういう条件付きで神様から戴いた力だと思う。

だから感謝して大事に使いたい。

無駄遣いはできないんですよ。

 

でも神様は多分気まぐれだから、

ある日突然予告なくこの力を取り上げてしまうかもしれない。

それが才能の枯渇です。

 

泣いても喚いても失った才能は2度と戻ってこない。

そういう恐怖とワンセットなのが才能という特殊能力です。

だから怖いんですよ、毎日怖いです。

 

スパイダーマンと同じですね。

大いなる力には、大いなる責任が伴う

ノブレス・オブリージェ(地位の高い人の義務)とも似てるかも?

与えられた能力には必ず代償があります。

タダではないんです。

 

特別な力は他人に自慢するためにあるものではなく、

どうも他者に奉仕するためにあるらしい。

最近そう思うようになりました。

 

だから「俺は絵が描けるんだ! すごいだろう?」

なんて言ってると、すぐ躓きます。

チョコレート工場の秘密の著者ロアルド・ダールは、

作家の能力について、こう書いています。

 

ある程度の謙譲の精神を持つこと。

自分の作品はすばらしいなどと思い上がっている作家は

必ずスランプに陥る

 

だから自惚れてると怖いですよ~

もうね、急降下ですからね、谷底へ!

這い上がれないですよ~ 簡単には♪

 

 

♠︎♠︎

クリエイターだって人間ですから、

みなさんと同じに未来を考えると不安になります。

自分にはどういう未来があるんだろうって考えます。

明るい未来ならいいけど、そうでなかったらどうしょうって。

その意味では特殊な人間ではないんですよ。

ものすごい小心者かもしれない

 

怠けてるとダメになると思うから怠けられないだけです。

毎日努力してますが、

それは才能が枯渇するのが怖いからです。

「努力家ですねぇ」なんてたまに言われますが違うんです。

ただひたすら怖いだけなんです。

才能が消えてしまうのが。

 

恐怖感に打ちのめされたりはしませんが、

そういう気持ちが常に頭にあるからこそ描き続けられるのだと思う。

そうして毎日少しずつ続けていくと少しは上手くなります。

上手くなると嬉しいです♪

その喜びもいつか消えるかもと思うと怖いけど、

上達するとやはり嬉しいですよ。

そういう地味な毎日の繰り返しなんです。

 

気がつくと少し自信がついている。

その自信を頼りにまた描きます。

また少し上手くなります。または失敗します。

失敗してもいいんです。

成功と失敗はワンセットですから。

 

どうして失敗したんだろうって、失敗作を見ながら考える。

考えて考えて考えていると答えが見つかります。

それを手掛かりにまたチャレンジします。

 

チャレンジの9割は失敗します。

努力の9割は報われません。

 

それでも諦めたら終わり。

絶対に諦めない。とにかく続けるだけです。

 

地味に地味に毎日ジミ~ に続けます。

少なくとも私はそうやって70年生きてきました。

気がついたらおじいさんですよ、嘘だろって♪

 

体はポンコツになりましたが、

精神的には30代~40代の頃からあまり変わらないですね。

自分が年寄りだという自覚はありません。

高齢者なんですけどね、俺じゃないよって思ってます♪

 

意地でもシルバーパスなんか申請しません。

今日もパスモをチャージして使ってます。

(シルバーパスもらいなさいよ、タダで乗れるんだからさぁ)

 

 

挫折や屈辱からどう立ち直ったの?

 

生きてると挫折感や屈辱感を味わいます。

これは誰もが一度は経験する関所みたいなもので、

逃げても絶対に避けられません。

早いか遅いかの違いがあっても必ず体験するように出来てます。

だからこれらの体験はできるだけ若い頃にした方がいい。

精神力や体力があるうちに。

年取ってからだとシンドイですからね。

 

今までネットでは書かなかったんですが、

ここで私の挫折体験をお話しします。

私は広告のイラストからキャリアをスタートさせましたが、

途中で方向転換し、児童書の挿絵画家になりました。

 

『ぼく そらをさわってみたいんだ』という絵本で

挿絵画家としてデビューしたんです。

まだ絵で食えなかった新人の頃なので

アルバイトをしながら2年がかりで仕上げた絵本でした。

 

新人の原稿料なんてスズメの涙ですからね、

初版の印税は36万円ほどでした。

2年がかりで36万円というと年収いくらでしょうかね?

ほとんどただ働きですが一生懸命に仕事をしました。

 

最初は売れなかった絵本ですが、

徐々に認知されロングセラーになりました。

事件はそこで起こったんです。

 

この絵本は一度出版契約が切れて、その後再契約されなかった。

それまでロングセラーでしたので元は取ったのですが、

私の知らない間に出版が続けられていたんです。

つまり無断使用されていたわけです。

3回増刷されたのに印税は支払われませんでした。

出版の連絡(出版報告書)すらなかった。

 

私がたまたまネットでこの絵本の在庫をチェックしていて

増刷を知ったわけです。

出版社に問い合わせると無断で出版していたことを認め、

賠償金を支払うので示談にしてほしいということになった。

 

本来は告訴するべきなんですが、

個人で裁判を起こすのは大変なんですよ。

ですから示談ということになったのですが、

これはね、泣き寝入りさせられたということなんです。

 

その間の経緯については下記ページに詳しく書いてあります。

⬇︎

https://seesaawiki.jp/bokusora/

 

この絵本はとてもいい絵本なんですが、残念ながら絶版です。

多分もう2度と陽の目は見ないと思う。

私のデビュー作がまさかこういう結果になるとは夢にも思わなかった。

人生とは実にそういうものなんですね。

 

会社ぐるみの不正だったと思います。

本が増刷されたのに、印税が支払われず出版報告書も郵送されない。

それでも社員の誰一人気がつかないなんてありえませんから。

印税が支払われなかったことはショックですが、

それ以上に、自分の作品が軽く扱われたことのショックから

何十年も立ち直れませんでした。

 

当初は2~3年で忘れるだろうと思っていましたが、

20年ぐらい苦しみました。

今でも少しトラウマになっています。

 

この20年の間にストレスから強迫性障害という病になり、

心療内科に何年も通いました。

本当に辛かった。

 

ただこの時もね、諦めたら終わりって思ってた。

絶対にリベンジしてやるって。

ただ心がボキボキに折れてるから立ち上がれない。

無理なんですよ、この屈辱感は本当に耐えられなかった。

 

何が解決してくれたかというと時間でした。

少しづつですが耐えられるようになっていきました。

諦めたくなかった。

だから絵は絶対に捨てなかった。

どんなことをしてでも描き続けようと思いました。

 

何でしょうね、根に持つ性格なんでしょうかね♪

この時も頭の中ではアトムが飛んでいました。

私にはアトムの10万馬力はなかったけど、

アトムなら諦めないって心に念じていました。

 

10年ぐらい経つといくらか楽になってきましたが、

フラッシュバックというのがね、あるんですよ。

これ辛いですよ、後遺症というやつですね。

 

でも毎日絵を描いているとその時だけは忘れるんです。

辛いトラウマも何もかも忘れて集中できる。

その状態でさらに10年経ち、今に至ります。

 

今はフラッシュバックはほとんどないですね。

もう少しいい出版社と編集者に巡り合えたかったなぁ

そう思うことはありますが、恨みはないのね。

 

今に見ていろ、月夜の晩だけだと思うなよ!って思うだけで♪

(あんさん、まだ恨んでますやん!)

 

こういう経験は出来ればしたくないです。嫌ですよ。

でも他人事だと思っていたことが自分の身に起きました。

起きた事実は変えられません。

覆水は盆に返らないんです。

 

だから心が折れようがどうなろうが前に進むしかない。

なんか逞しいなぁ俺って思いますがね、

そんなんじゃないんですよ。

もうボロボロなんだから。

 

そんな私を時が癒してくれました。

その20年間にいろんなことを考えました。

人も恨みました。強迫性障害にもなりました。

踏んだり蹴ったりでした。

 

でも絵があってよかった。

横道に逸れなくて済んだから。

自分でもよく乗り越えたなぁって思うんですよ。

そんなに強くないのにね、よく耐えたなぁって。

 

これは特殊な体験なので、皆さんの参考にはならないでしょう。

でも一見、能天気に夢を追ってるおっさんもね、

過去にそういう体験をしてるということなんです。

皆さんも同じだと思いますよ。

 

悲劇っていつ襲ってくるかわからない。

自分は大丈夫なんてことはないんです。

常に危険と隣り合わせなのが人生だから。

 

だから覚悟して生きなきゃダメなんです。

挫折や屈辱体験はまだ他にもいろいろありますがもういいでしょう。

これ以上書くのは辛いから。

 

転んだら立ち上がる。それだけです。

20年転んでましたから、もういい加減転び飽きました。

立ってる方が楽ですよ

 

 

で、どういう人が自信家なの?

 

私が思うに、自分に自信のある人というのは、

自分に自信があるかどうかなんて考えない人じゃないかと。

 

自信のない人というのは、

多分、トラウマになるほどの挫折体験が少ない人だと思います。

打ちのめされて立ち上がる。

また打ちのめされて立ち上がる。

こういうことの繰り返しでしか自信なんて身に付きません。

 

倒れたら立ち上がるんです。

どんなに無様でもいいから立ち上がるの。

そういうシンプルな経験からしか自信は身に付かないと思う。

 

よくね、今の自分を評価したら何点ですか?

なんて質問があります。

こういう質問に自信を持って「120点!」と答える人がいますが、

それは化け物ですよ、化け物!

 

そもそも100点の人間はいません。神様だけです。

歴史上の偉人が90点レベルだと思う。

だから滅多にいませんよ、90点は。

偉人、天才レベルがゴロゴロいたらおかしいですから。

 

80点というのは、偉人ではないにせよ、

か~なり優秀な人たちです。

こういう人もあまりいません。

有名人とか著名人の中に80点レベルの人がいるかもしれませんが、

一般人の中にも少数ですがいると思います。

間違いなく優秀な人たちです。

 

その下の70点台の人たちが、

我々がちょくちょく見かける優等生です。

これも数は少ないですが身近にいると思います。

 

こう考えるとですね、

多くの人は60点取れれば優秀なんですよ。

普通は40~50点ぐらいだと思いますからね♪

 

私なんざ30~50点ぐらいを行ったり来たりです。

それが普通じゃないかと思います。

 

また、5点10点という人も少数でしょうね。

人間そこまで低くはないと思う。

いたとしても本当に少数でしょう。

 

つまりほとんどの人間はいい意味で『どんぐりの背比べ』です。

あまり大差はないと思う。

抜きん出る人というのはあまりいないんですよ、実際はね。

 

部分的に抜きん出ることはあっても

トータルで他より抜きん出る人はあまりいないと思います。

 

ですから自信家というのもあまりいないでしょう。

そもそも自信があるとはどういうことなのかというと、

自分が自信を持ってるかなんて考えない状態じゃないでしょうか。

 

「俺は自信がある!」というのは多くの場合、思い込みです。

または勘違いです。

そんな奴はいないんですよ。自信がないのが普通です。

だから安心していいんです。

 

ところで、岩井田さんは自信がありますか? と聞かれれば、

あまりそういうことは考えません。

画家である私の頭の中は絵のことで一杯です。

どうやったらいい絵が描けるのだろうと。

そればかり考えています。それで一日が終わります。

 

果たして今日の自分は自信があったのか?

なんて考えないですよ♪

「ああ今日もよく働いたな~♪」とは思うけど、

「今日も自信を持って絵を描いた」なんて考えないですから。

うん、考えませんね。

 

ただ、「今日は絵が描けないだろう」とは思わないです。

「今日も描くんだ!」

そう思うことはあっても、描けないとは思わない。

まぁ思いたくないんですね、怖いから。

 

とにかくひたすら無心になって描きます。

そして一日が終わる。その繰り返し。

自信があるのかないのかは気にせずに、とにかく描きます。

若い頃の私にはそれが出来なかった。

 

画家は絵を描いてこそ画家です。売れなくてもね。

作家は文章を書いてこそ作家なのです。

絵を描かない画家や文章を書かない作家はいません。

それは何か別の職業の方です。

 

自分に自信があるのかないのかではなく、

とにかく毎日やるべきことがあり、それを実行する。

なんでもいいですがそういうことを繰り返すうちに、

自信があるともないとも思わない境地に達します。

その時人は、自信を得たと言えるのではないかと。

 

今思えば私も20代は自信など欠片もなく、

不安と恐怖感しかなかったという記憶があります。

過ぎ去ってみると青春は輝いて見えるなんて言いますが、

私の青春はもう真っ暗闇でした。

 

今振り返っても二度とあの時代には戻りたくない。

10億円もらっても嫌ですね、絶対に戻りたくない。

それほど暗い青春でした。

 

あれから50年が過ぎ、

まさか70歳で絵を描いているとは思わなかった。

20代の私の未来予想図では、

すでに絵を諦めて他の仕事をしているはずでした。

40歳前に絵は諦めているだろうと思ってましたから。

だから怖かった。

絵が描けなくなっても生きているなんて地獄だと思ってましたから。

 

30歳から70歳までのことはね、あまり覚えてないんですよ。

ぼんやりとしか覚えていません。

でもあの不安な20代は今でもよく覚えています。

 

世界がどんよりとしか感じられない。

何ひとつ確信が持てず、自分なんてないんです。

時々わけもなく体が震えてくる。

もう怖くて怖くてね、夜中に布団から飛び起きて、

アパートのベランダまで逃げて行ったことを覚えてる。

あの時、ベランダで感じた夜風の冷たさを今でもはっきり覚えてます。

本当に怖かった。

 

時々ですが、暗闇が襲ってくる幻覚も見ました。

怖いですよ~ 寝られないですからね。

呼吸は荒く、寝汗をビッショリかいてね、

夜中にベランダで、はぁはぁ喘いでいる自分がいるんです。

もうほんとに怖いです。恐怖以外の何物でもない。

 

だからよく生きてたなぁとね、今思うわけです。

絵を描くどころじゃないんですよ。

あの頃、どうやって生きてたのかなぁと。

とにかく夜が怖かった。

毎晩、夜が来ないでくれって祈ってましたね。

 

そして未来のことを考えるんです。

どう考えても明るい未来像は浮かばない。

そこには絵を描く自分はもういないんです。

絵を捨てて、何なんだろう

ただどんよりとした世界しかそこにはないんです。

そういう未来しか思い浮かばない。

だから毎日毎日が怖かった。

 

自信とか何とかではなく、ひたすら怖かった。

私の青春はそういうものでした。

鮮明にね、覚えてるんです、その恐怖感を。

だから二度と戻りたくない。

青春なんて二度とごめんです。

 

そして今やっと平穏な暮らしができるようになリつつあります。

あれから50年経ってようやくあの恐怖から解放された。

今70歳になって、生きているのが楽しくなった。

毎日絵が描けることが無性に嬉しいんです。

ただそれだけで、生きててよかったなぁとね。

 

絵が描けるだけで幸せなんです。

自信とかそういうものはね、もうどうでもいいんですよ。

 

自信のあるなしではなく、

とにかくやるべきことがあって、それを実行するのみ。

側から見るとそういう人は自信に満ちているように見えると思う。

結局、自信とはそういうものではないかと、

今私はそう思うのです。

 

どうでしょうかね、参考になりますかね?

汎用性のないお話で恐縮ですが、以上です。

 

 

 

岩井田治行コミックス 

画家って、失敗から何を学んで、どう立ち直るの?

 

失敗って、どうよ?
 

 

 

誰だって失敗はしたくない。

シンドイし、カッコ悪いし、自信を失うし…

とにかく苦痛です。

 

それでも失敗からしか学べないことがある。

学ぶために人類は失敗を繰り返してきた。

自分だけ無傷で済まそうとしても無駄なのだ。

 

だから失敗を恐れない。

そういう心境にならないと進歩はない。

なんか偉そうなこと言ってますが

 

 

では、失敗の過程をご覧ください

 

前回『レオン』のマチルダを描きました。

2枚描いたうちの1枚目ですが、2回描き直しています。

つまり2回失敗しているんです。

その失敗作をお見せいたします。恥ずかしいですが♪

 

まずこれが参考写真です。

⬇︎


ネットで探しましたが、なかなかいい写真でしょ?

泣き笑いと言うんでしょうか、微妙な表情がよく出ています。

映画の中ではほんの一瞬の表情です。

ところがこれを描こうとすると描けないんですよ。

どうしてもこの泣き笑いの感じが出ない。

 

で、最初に描いた絵がこれです。

⬇︎

 

出来上がった作品を見て、ああだこうだと言うは易しですが、

描いている方は必死なわけです

 

この絵のどこがダメなのか?

まず鼻が長いんじゃないかと思います。

その下の唇も変です。

参考写真に似てないのは構わない。肖像画じゃないから。

気に入らないのは『泣き笑い』の表情が出ていないことです。

泣くのか笑うのか表情の方向がはっきりしません。

なんか中途半端に感じるんです。

 

ついさっきまで絶望していたマチルダ

一瞬にして希望を抱く。その一瞬の泣き笑いです。

口で言うのは簡単ですが難しいですよ。

ここで気付くのが、ナタリー・ポートマンの個性的な顔です。

 

よ~く見ると両眼が離れています。

鼻はギリシャ彫刻のように凛々しい。

その下の唇は意外と大きく下唇が厚いんですね。

 

それに泣き腫らした目尻の赤み。

今にもまた泣き出しそうな、それをぐっと我慢して笑っている。

そういう表情がこの顔に凝縮されています。

 

複合的な要素満載で一筋縄では描けない。

泣き顔を描こうとすると笑った感じが出ないし、

笑った感じを強調すると泣き腫らした感じにならない。

どっちやねん! という感じの顔なんです。

で、描き直すことにしました。

それがこれです。

⬇︎

 

1枚目より感じは出てきましたが… なんか違和感がある。

ここで筆が止まりました。

 

どうしていいかわからない。ギブアップです。

2日ほど間を空けて考えました。

描きこみすぎではないだろうかと。

 

考えて考えて、ハッと気づいたんです。

そうだ、やはり描きこみ過ぎなんだと。

 

手数をずっと減らしたらどうなるだろう?

完璧に仕上げるのではなく、途中で止める。

それぐらいのいい加減さで描いたらどうなるだろうと。

 

そして3回目に描き直したのがこの完成作です。

⬇︎

 

時間にして約15分ほどだったと思います。早かった。

ひと塗り目で表情を捉えていたので、これ以上は描き込まなくていい。

そう判断しました。

表情が描けたので背景や服は省略しました。

細部を少し付け足した程度で完成です。

 

3枚描いた中でこれがやはり一番いいと思う。

参考写真とソックリではないのですが、感じがつかめてます。

ああ、描けた! 諦めなくてよかった!

そう思えた瞬間でした。

 

3枚描くのに要した時間は約1週間です。

原画の日付は1月5日になっていますがこれは完成した日です。

1枚目の原画をその上から塗り直しているので、

つまり同じ原画を2回いじり回しているのです。

仕上げは15分ですから、失敗している時間の方が長かった。

その1週間、ずっと苦痛でした。

 

これが逆ならいいのにといつも思います。

失敗している時間が15分で、そのあと1週間ずっと成功し続ける

これなら気分もいいし長続きしそうじゃないですか。

 

ところがダメなんです。

楽な道からは学ぶことがあまりない。

シンドイ経験からしか多くを学べません。

なんだか知らんけど、そういうシステムなんですね、人生は。

 

プロの仕事はみんなそうですが、表に出ない失敗があります。

役者さんなどもそうですね。NGというのは表に出ません。

何十カットも撮って全部ボツとか♪

NGシーンでも流さない限り観客にはわからない。

 

ブルース・リーの遺作『死亡遊戯』のNGシーンがYouTubeにあります。

あの華麗なヌンチャクさばき。

実は何度も撮り直している。ブルース・リーですらそうです。

それがプロなんですね。

 

このマチルダの絵も失敗作を公開しなければ、

全部で3枚描いていることは誰にもわかりません。

3枚というのは少ない方です。

10枚ぐらい描きなおすこともありますから。

 

仕事というのは目に見えているものだけじゃなくて、

後ろで支えているものがたくさんあるんです。

 

これが仕事ならお金になるのは3枚目の絵だけです。

その前の2枚のマチルダは一銭のお金にもなりません。

ただの紙ゴミですが、その失敗の過程が必要なんです。

 

この絵の場合、1枚の絵のためにその3倍の労力が払われています。

一発で描けることもありますが、だいたい2~3倍の陰の力があります。

 

1枚絵を描くために1枚描いていてはダメなんです。

とにかくたくさん描き、たくさん失敗する。

そして失敗の過程は隠されるのが普通です。

簡単そうに見えますが、プロの仕事に失敗はつきものです。

 

だから大事なのは苦痛でも諦めないこと。それだけです。

根性とかそういうんじゃなく、ただ諦めない。食らいつく。

諦めたら終わりなんです。

終わりにしてもいいと思えない限り、食らいつくしかない。

 

失敗から立ち直るには諦めないことです。

絵を描くことでの失敗は山のようにあります。

これはほんの一例です。

参考になりますか?

 

 

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さらに2枚『レオン』のマチルダを描く(水彩画新作♪)

 

 

『レオン』のチルダを描きながら

思うこと つらつら♪
 

 

 

昨年の暮れに久しぶりに映画『レオン』を観てから

なぜかヒロインのマチルダに心惹かれている♪

2枚ぐらいの予定が、まだ描き足りません。

こうなったら飽きるまで描こうと思います♪

 

描いていて思うんですが

私はどうも対象そっくりに描く才能がないようで、

このマチルダ像も描く度に別人になっていくような♪

 

これで4枚目ですが、4枚とも全部違う女の子みたい♪

似せて描くという才能はないみたいですね。

描いていると、どうも参考写真から離れてしまい、

『自分のマチルダ』になってしまいます。

 

まぁ、才能がないということで勘弁してください。

私は肖像画家にはなれないことがわかりました。

 

今回の絵は、実は一度失敗して描き直しています。

鼻から口元が上手く描けない。

ナタリー・ポートマンの愛らしさの表現がとても難しい。

彼女はかなり個性的な顔をしていることが描いてみてわかります。

いわゆる『可愛い顔』ではないんですね。

 

よ~く見ると彼女の眼は鼻から少し離れています。

顔も面長で口が意外と大きい。そして下唇が厚い。

パーツだけ見るといわゆる美形ではないんですが、

そのパーツが一つになるとなんとも魅力的になる。

いわゆる『絵になる顔』なんです。

それが人気の秘密かも?

 

特に今回は泣き顔なのでやたらと難しかった。

 

ただ何度も描き直していると修正する技術が上がります

誤魔化すのが上手くなるわけです。

まぁいいや♪

 

 

さて今回のマチルダは泣き顔のマチルダです。

こんな感じです。

 

 

割と感じは出ていると思うんですが… どうでしょうか♪

この表情はとても難しいですね、何度も描き直しました。

これは映画の冒頭で、マチルダの家族が惨殺され、

レオンに助けを求めるシーンです。

このシーンはとても好きなシーンで、

レオンの部屋の前で泣きながらマチルダが必死に助けを求める場面。

「お願い開けて! レオン!」と懇願しますが扉はなかなか開きません。

 

室内にいるレオンはどうしたものかと迷います。

 

チルダを助けなければという義侠心はあるものの

できれば関わりたくない。

突き放せばいいものをマチルダを見捨てられない。

観ていてハラハラします。

 

最初はマチルダの顔が暗い影で覆われていてよく見えません。

この影は扉が閉まっていることを示しています。

暫くすると暗いマチルダの顔に光が差し込む。

レオンが扉を開けたんですね。

 

このシーンの演出がとても粋にできていて、

レオンも開く扉も映しません。

ただマチルダの顔に部屋の明かりが当たることで

レオンが扉を開けたことを表現しています。

とてもオシャレな演出です♪

 

そして涙でクシャクシャだったマチルダの顔に希望が。

この絶望から希望への一瞬の変化が今回の絵のテーマです。

 

絶望的な泣き顔から希望の笑顔に変わる瞬間。

映画でもほんの数秒のシーンを紙に定着させなければなりません。

一応、参考写真はありますが、

写真そっくりに描くことが目的ではなく、

チルダの微妙な感情を描きたかったのですが、難しいですね。

 

で、なぜこのシーンを題材に選んだかというと、

私にとって、とても感動的なシーンだからなんですが、

若い頃に数年間、引きこもっていた自分を思い出すからです。

その頃、人間関係で悩んでいて辛かったし、

将来のことを考えるとさらに不安が増しました。

 

それでも絵で生計を立てるという夢は捨てきれず、

必死に努力だけは続けていました。

夢という扉をね、叩き続けていたんです。

 

だから、

チルダが扉を叩く姿が当時の自分に重なるんですよ。

頑張れ~! 諦めるな~ってね。

 

引きこもりの理由は人それぞれだと思います。

多くは私のように人間関係で傷ついたトラウマだそうですが、

こういうトラウマは簡単には消えてくれません。

 

そもそもなぜ人間関係で深刻なトラウマが生じるのか?

恐らく人間の劣化が原因だと思います。

 

我々クリエイターの世界でも才能だけの人が増えています。

才能はあるんですが人間的にどうよ? という人が。

そういう人が創作の世界の中心に増えた気がします。

私の思い過ごしであって欲しいのですが…

 

この人たちは圧倒的な才能に恵まれていますから

周囲の人は文句が言えません。つまり逆らえない。

ところが人間性に問題があるので周囲が被害を受けます。

 

これは創作の世界だけでなく、日本社会全体がそんな感じなんです。

劣化してるなぁと感じるんですよ。

(すいません、自分のことは棚に上げています♪)

 

だからまともな人間ほど傷ついて引きこもってしまう。

これは一種の防衛本能なので単純に批判はできません。

劣化した人間と戦っても勝ち目はないし、そもそも無駄です。

たとえ勝ったとしても、それは劣化した勝利ですから。

 

まともな人間ほど引きこもるしか身を守れないとなると

こんな不公平なことはありません。

「劣化してる奴が引きこもれ! 」と言いたくなりますが、

そういう人間は図々しいから絶対に引きこもらないですね。

 

そうなると、この世は劣化人間の天下になってしまう。

これほど不幸なことはないでしょう。

幸福度調査では日本は最下位ではないにせよかなり低い。

先進国なのに幸福な人が少ない国なんですね。

 

その原因は、まともな人が社会参加できないからかもしれない。

まともな人間ほど謙虚ですから、

人を押しのけてまで自分が! とはなかなかなりません。

 

レオンのこのシーンが好きなのは、

絶望から希望へと変わるマチルダの表情です。

「よかった! 扉が開いた! 助かった!」

そういうマチルダの安堵の表情がとても好きなのです。

 

ところが現実ではこの扉が開くことは稀でしょう。

開かないことの方が多いと思う。

つまり見捨てられる確率の方が断然高いのが現実です。

 

それでも確率はゼロではない。

扉を真剣に叩き続ければ開く可能性はあります。

叩かなければ絶対に開きませんが、

叩き続ければ開くかもしれない。

 

チルダはレオンに救われますが、

レオンもこのあとマチルダに救われます。

殺し屋として孤独な人生しか送ってこなかったレオンに

チルダは生きる希望を与えるのですから。

チルダと巡り会うことで、レオンは久しぶりに

ベッドでいびきをかいて眠ることが出来た。

レオンがマチルダから得たものは、生きる歓びと安心感です。

 

ラストでSWATに囲まれたレオンは、マチルダを通風口から逃がし、

自分はSWAT隊員に扮装して建物からの脱出を試みる。

レオンの前には通りへの扉が開いています。

あと一歩で建物の外へ出られるというところで、

背後に忍び寄る悪徳刑事の凶弾が…

 

ここは扉の前のマチルダと対になっているシーンで、

チルダの叩く扉は開かれましたが、

レオンの前の扉(生への希望)は開かなかった。

なんとも皮肉な脚本です。

 

我々人間が絶望から希望への扉を叩き続けても

多くの場合、その結末はレオンと同じになると思う。

岡本太郎さんが言うように、

多くの人の夢は叶わない。失敗するのが普通なんだ。

これが現実でしょう。

 

私の座右の銘である次の言葉、

 

チャレンジの9割は失敗し、努力の9割は報われない。

 

正直私の人生はそういう人生でした。今のところは♪

まだ報われたとは思えませんから。

 

でも9割失敗し、9割報われなくても1割に可能性があります。

そこが人生の素晴らしさというか、いい加減さというか♪

人生は実に柔軟性があるなぁとね、思うわけです。

 

なぜならこれは悪人にも当てはまるから。

犯罪の9割は失敗し、その努力の9割は報われません。

でも残る1割の犯罪は成功するんです。

 

ロシアがどんな大義名分でウクライナを攻めても

侵略であることに変わりはない。

それでもロシアの行為は全否定されません。

9割否定されても1割が受け入れるんです。

実際は世界の半分がロシアを支持しています。

 

この世界はそれだけ優柔不断、いい加減なものです。

犯罪という努力が報われるのがこの世界なら、

善行の1割が報われるのもこの世界です。

 

常に善行が報われる確率の方が低い。

だからこそ繰り返し、たくさん善行を積まないと悪に勝てません。

こういう何ともいい加減な世界に我々は生きています。

 

70歳になると、

もうやることがなくなって燃えカスしか残らない。

私は若い頃そう確信していました。

だから若い時代に楽しみたい、認められたいと。

 

でも実際の私の人生はというと、まず20代は全滅。

30代に少し楽しい経験がありましたが、40代で全部崩れました。

そのまま50代に突入し、道は開けないまま還暦を迎えます。

もうダメだろうと思いつつ、扉だけは叩き続けました。

根性があったわけではなく、他に取り柄がなかったから。

とにかく一生懸命努力するしか能がなかった。

幸い努力する才能だけは人並みにあったようです。

でも私の努力の10割は無に帰しました♪

 

それでも私の頭の中にはまだアトムが飛んでいたので、

なんとか扉を叩き続けられたんですね。

そうする内に父を亡くし、

一昨年の暮れには母との別れもありました。

それでもまだ扉は開いてくれません。

 

結局、父と母が元気な時に

私が画家としてきちんと認められた姿を見せることはできなかった。

そのことを悔いてはいないのですが、やはり寂しいです。

 

ところが母との別れを経て、70歳になってから、

本当に70過ぎてからなんですが人生が上向いてきたんです。

多分、いや間違いなく今が一番充実していると断言できる。

まさか70歳になってからこうなるとは思わなかった。

 

こうなることを予測していたわけではないけど、

20代から私が唯一続けてきたこと、

それが目の前の扉を叩き続けるということでした。

叩き続けてどうなるの? と何度も思ったけど、

他にやることがなかった。○○の一つ覚えですね♪

 

70年の人生には様々な扉が目の前に立ちふさがりました。

軽い扉も重い扉も大きな扉も小さな扉も

そのどの扉も目の前にある扉は一つ一つ丁寧に叩きました。

今の所、扉が全開することはありませんが

半開きぐらいに開くことはあるんです。

 

だからマチルダがレオンの部屋の扉を叩き続けるシーンには

私、異常に興奮するんです。泣けるんですよ、頑張れ~って♪

チルダの顔に光が当たり、

絶望でクシャクシャになった顔に希望が射す。

その希望を描いてみたいと思ったんです。

だからもう一枚描いてみました。

(描く度に顔が変わるのはなぜだ?)

 

左側は扉が開く前のマチルダ

「レオン、開けて! 助けて!」そう叫ぶ顔ですね。

 

右側は扉が開いた瞬間のマチルダ

「助かった! レオンありがとう!」という顔です。

この後に1枚目の微妙な表情を一瞬見せるんです♪

 

澄ました顔というのは割と簡単なんですが、

こういう微妙な表情(感情)をリアルに描くのは難しいです。

だから描いていて勉強になります♪

 

『レオン』がご都合主義の作り話であることは承知しています。

あまりにも都合よくでき過ぎた展開ですからね♪

「普通は怖くて知らん顔やろ」と思いますもの。

そもそも隣に凄腕の殺し屋なんか住んでへんわと。

 

それでも扉は叩いてみるものだなぁと♪

 

こういう話を延々としても

心が折れて立てなくなっている引きこもりの人には何のこっちゃ?

という感じでしょうね。ワテもそう思うわ♪

 

でもこの年齢になって初めて思う。

人生は本当に、本当に1回きりの神様からのギフトなのだと!

父や母、知り合いを亡くして思うんです。

「人間って本当にいつか死んじゃうんだな」って。

死んだら本当に何もかもが終わりなんだと。

 

魂が生まれ変わっても前世の記憶はないですから、

その意味でこの人生は1回きりです。

泣いても喚いても本当にね、1回きりなんですよ。

 

若い頃は頭でわかっていても実感はない。

やはり歳を重ねないと感じ取れないんだなぁと思います。

だから自分の残りの人生は大事に使いたい。

無駄遣いはできないんです。

 

だからたとえ引きこもりが自己防衛であっても

あまりにも時間が経ちすぎると無駄遣いになりかねない。

無駄にした時間は絶対に戻りません。

 

私の父と母が戻らないのと同じです。

時間も人も亡くして初めてその価値を実感できるんです。

 

だからチャンスがあるなら掴んだ方がいい。

それには何がチャンスかを見抜く目を鍛えることです。

もしかしたら1割は報われるかもしれないから、

絶対に努力だけは続けるべきです。

 

報われることは本当に少ないのですが、

それでも目の前の扉は叩いてみるもんや

というお話でした。

絵とは関係ない話で、えらいスンマヘン♪

 

 

 

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ここ1年間に観たTVドラマの中で一番面白いかも♪

 

 

 

君が心をくれたから

毎週月曜日 後9:00~9:54 フジテレビ 1/8より

 

永野芽郁山田裕貴

 

私はTVドラマを観ない人だったが、

2年ほど前から観るようになった。

まず録画して好きな時間に見るのだが、ジャンルは問わない。

 

初回を観て、感覚的に乗れない作品は以後は観ない。

初回が面白いと何回か観るが、途中で飽きることもある。

そんな見方をしている。

 

日本のTVドラマもなかなか見ごたえのある作品が多く、

昔に比べるとレベルが上がっているなぁと思う。

特にアクション物の迫力は以前とは段違いだ。

 

モデルガンの進化が大きいがアクションの演出が変わった。

欧米や香港アクションを日本流に消化しているところは立派。

古い世代がリタイアし、新しい世代になった。

 

太陽にほえろ』や松田優作さんのアクションは今ひとつだった。

私には受け入れがたい独特の美学があり、

観ていて辟易するばかりだったが、その世代が引退した。

 

大変申し訳ないが今の世代の感覚の方が私は好きだ。

ようやく日本のアクションに期待できる時代になったのだから。

その影響がTVドラマにも色濃く出るようになった。

とは言え、アクション物ばかり観ている訳ではなく、

とりあえず色々観ることにしている。

 

ちなみに、今私が視聴しているTVドラマは以下の通り。

 

NHK朝ドラ『ブギウギ』 NHK『正直不動産2』

NHKBS『仮想儀礼日本テレビ『消せない”私”- 復讐の連鎖-』

テレ東『闇バイト家族』『デリバリーマン』『SHUT UP』

 

観ていて面白いなぁと感じるものは続けて観ることにしているが、

ラブストーリーはちょっと苦手かもしれない。

それでも面白いと感じれば大体観ている。

 

そして1月8日夜9時からフジテレビで始まったドラマ

『君が心をくれたから』を視聴した。

主演が永野芽郁山田裕貴の純愛物なので期待はしなかった。

30分で飽きるだろうと思ったから。

 

母から虐待を受けた過去を持つ逢原雨(永野芽郁)を

2年先輩の高校3年生朝野太陽(山田裕貴)が好きになり、

2人は友達になる。

 

高校でみんなから浮いた存在である2人はお似合いのカップル。

雨にはパティシエになる夢があり、

太陽は花火師になるという夢を持つ。

この2人の10年後の物語だ。

 

雨はパティシエの才能がなく挫折し故郷の長崎に帰省する。

長崎では花火師の修行中、太陽に色覚異常が発覚、

赤い色が識別出来ず、花火師の夢を断念していた。

 

夢破れた2人が再会し、励まし合い、再び夢に向かう約束をする。

 

とまぁここまではよくある純愛物だ。

ただここまでが非常に良く出来ていて惹き込まれる。

脚本が抜群にいいし、演出もいい。

もちろん主演の2人がとてもいいのである。

私、ここまで観ていて何度泣いたことか

 

初回で観るのをやめようと思っていたが気が変わった。

この2人、どうなっちゃうの? と気になって仕方ない。

 

ところがドラマはここから始まるのである。

もう一度夢に向かう約束をして2人が別れた直後、

太陽が交通事故に遭う。

信号機の赤が見えなかったためだ。

 

太陽は病院に運ばれるが、もう助からないと医師に言われる。

悲しみに暮れる雨の前に”あの世からの案内人”が現れる。

 

えっ、何て?

 

と、しばし頭を整理するのに時間がかかった。

純愛ものじゃない? ファンタジーなのか?

 

あの世からの案内人は雨にこう言う。

「心を差し出すという奇跡を起こせば太陽は助かる」

なんのこっちゃと思う間も無く、雨は聞き返す。

「どういう意味ですか?」

 

これから3ヶ月かけて君の5感をもらう。

その試練に耐えられるか?

 

つまり、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の5つを失うのだ。

これが太陽を救う条件なのだと。

 

「すいません、ちょっと待ってください」

と私はテレビ画面に問うた。

あのヘレン・ケラーさんだって三重苦なのに五重苦かよと。

 

雨はその条件を受け入れ、太陽は助かるが…

 

受け入れるのか… 5感を失うんだぞ、いいのか雨!

 

ここまでが第1話のあらすじである。

つまりこの物語はこれから2人の純愛ドラマが展開すると同時に、

ヒロインが5感を一つづつ失っていくという試練の物語なのだ。

 

私観ていて腰が抜けました。

この第1話を観た限りでは、

ここ1年間に観たTVドラマの中で出色の出来なのだ。

 

この物語がお涙頂戴物で着地し、がっかりするのか、

それとも思いもかけない展開をするのか非常に気になる。

ちょっとねぇ、これには驚きました。

 

見逃した方はFODとかで観られるらしいですが、

面倒な人はこのブログ記事を参考に、第2話から観てください。

 

かなり風変わりな純愛ドラマだと思います。

 

(『君が心をくれたから』のサイトから画像をお借りしました。感謝!)

 

岩井田治行コミックス

 素敵な素敵なアニメーションを見つけました♪

 

 

 

このアニメは、どうよ?

Lost Sheep

 

YouTubeで素敵なアニメを見つけました

まずはご覧ください。

 

www.youtube.com

 

 

さあ、いかがでしたか?

と言っても好みは人それぞれなので

この手のアニメに興味のない方もいるでしょうが、

私は大好きですね、こういう作品は。

 

非常にシンプルですが心に響きます。

この手のアニメは世界中でたくさん制作されていますが、

時間がかかる割に商業的には儲からないはずです。

 

安定したスポンサーかパトロンが付かない限り、

制作を続けるのは難しいのでしょう。

その事情は世界共通のはずです。

 

このアニメは影絵(切り絵)で創っています。

切り絵を動かすって、想像しただけで気が遠くなります。

ストップモーションアニメ自体が気の長い人じゃないとできない。

 

一コマ一コマ動かす労力は大変なものでしょう。

観る方は一瞬ですが、創る方は何ヶ月もかかっているわけです。

 

でもこういう人たちが絶えないというのが嬉しい。

このアニメーターさんは普段どうやって生活しているのか、

とても気になるんですね。

 

たくさんの賞を受賞しているみたいですが、

たいしてお金にはならないんじゃないかと思いますから。

まさに見返りを考えたら出来ない仕事です。

クリエイターじゃないと出来ません。

 

クリエイターとは、

頼まれもしないのに何かを創り上げる人たちです。

ある意味余計なものを率先して創り上げる人たちなんです。

 

こういう人たちがいるおかげで我々の住む世界は潤うんです。

何でもかんでもお金お金では息が詰まります。

見返りを求めない行為が創作です。

 

このアニメを制作したアニメーターにエールを送る意味で、

ぜひたくさんの方に見ていただきたい作品です。

この作品で注目していただきたいのは動物の動きです。
もちろん人間の動きも全てが素晴らしいのですが、
その中でも特に動物の動きに注目してください。

この作品の動物は影絵なので表情は見えません。
全てシルエットのみで表現しています。
シルエット全体にユニークなデフォルメがされていて、
さらに動作にもアニメ的なデフォルメがされています。
しかし動きは動物そのものです。

主人公の片足の子羊の動きをよ〜く見てください。
足を引きずりながら歩く動作に痛ましさと愛らしさが表れています。
なんて繊細な動きだろうと感動します。

また子羊をからかうカラス(かな?)の笑い方も
実際の鳥は笑いませんが、実に繊細に創られています。
そういう点に注意しながら鑑賞していただきたいと思います。

最後に、シンプルなシナリオが泣かせますよ

 

 

 

岩井田治行コミックス

メイキングの『レオン』マチルダイラスト(水彩画の制作♪)

 

 

もう一枚

『レオン』のチルダを描こう!
 

 

 

明けましておめでとうございます。

本年もこの僻地ブログにお越しの方々にとって、
幸多き年でありますように。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

というわけで、

新年一発目はメイキングです

これ結構大変なんですよね。

一々手を止めて原画をスキャンしなければなりませんから。

動画を撮ってYouTubeに投稿すれば簡単なんでしょうが、

どうも動画は撮る気になれません。

 

なぜかと言いますと、私こう見えてシャイでしてね、

どうも照れ臭いんですよ。

 

YouTubeを見てると承認欲求の強者が勢揃いしています。

絵画やイラストのメイキング画像もたくさん投稿されてますが、

そのほとんどが素人さんであることに驚きます。

みなさん目立ちたがり屋さんだなぁ~ よく恥ずかしくないなぁ~

って感心して観てます♪

 

自分が絵を描いているところを人に見られるのはどうも恥ずかしい。

みなさん平気なんですね。

むしろ見てくれと言わんばかりの勢いです。

すごいなぁ~ 人生はやったモン勝ちだなぁ~ とね

みなさんいかに承認欲求が強いかがよくわかります。

 

ところがすべての人が承認欲求の塊ではありません。

こうしたブログですら、やらない人はたくさんいます。

ブログやYouTubeは世界中でたくさん配信されていますが、

自己主張や自己愛の強い方向けの道具であって、

非常に偏っているとも言えるんです。

 

むしろああいう場所で自分の考えを配信しない人の中に

ユニークな考えをお持ちの方がたくさんいらっしゃると思います。

私、そういう人と出会いたいんですがね。

 

ブログやYouTubeというのは量はたくさんありますが、

質的にはかなり似通ったものの集合体です。

その意味で、あまり長時間見続けるのは人生の無駄遣いかなと。

まぁいいや♪

 

 

その中に面白いおじさん画家がいましてね、

この方はプロの水彩画家だそうです。

 

私と同じ70代の画家さんですが、

なんかすごいのね、このおじさんの自己愛が

老いてますます盛んって感じで♪

 

先日もこの画家さんのメイキング動画を拝見しましたが、

いきなりは描かないんですよ。

まず自分のアップから始まるという演出。

「やあ、みんな元気かなぁ~♪」

って必ず笑顔で言うのね、気色悪~!

 

いや、

あんたの顔はどうでもいいから、早くメイキングをと思うんですが

なかなか始まらないんですよ。

でね、色々絵について語るんですが、

このおじさん猫を飼ってるらしくて抱いてるんです、猫を。

 

あんたの猫はどうでもいいから、早くメイキングを!

そう思うんですが、なかなか始まりません。

猫をなでなでしながら絵画論をね、語るわけです。

 

で、一通り語り終わるとメイキング動画が始まりますが、

動画が終わるとですね、また出てくるのね、このおっさんが。

 

あのね、動画観たからもういいから終わろうよと思うんですが、

なかなか終わらないわけです。

エンディングにまた語るんですよ、絵画論をね。

 

いやもういいから、動画観てわかったからって思うんですが、

延々とね、語るわけ、笑顔で♪

しかも、また猫を抱いています。

でもこの猫がオープニングの猫じゃないんですよ。

別の猫なのね。

 

つまり猫を2匹飼っているようなんです。

あんたは水彩画のメイキング動画を配信したいのか

自分の猫を配信したいのかどっちやねんってね、

軽くイラつきました。

 

この人ね、70になってYouTubeというオモチャを手に入れて

もう毎日動画配信して楽しくて仕方ないみたいなんですね。

これまでなら70歳の老人なんて相手にされないですよ。

それが今やね、時代が違うんですね。

老いても人気者になれるんです。

芸能プロダクションなんかに入らなくてもスターになれる、

そういう時代なんです。

 

だからやったモン勝ちなの。

私やらないけど♪

 

かように目立ちたい輩の集まりなんですよ、YouTubeというのは。

私はとてもじゃないけど仲間には入れないなぁと。

猫2匹飼ってないし、特に目立とうとも思わないし、

私のブログ、ほとんどアクセスないし♪

 

とまぁそういうわけでね、

動画配信はしていないわけです。

当分はブログで細々とメイキングを公開するぐらいが

私には合ってるかなぁと思います。

 

さて、マチルダメイキングです。

 

 

ネット上のマチルダの写真を元に鉛筆で下絵を描きます。

今回は顔のアップです。

おでこから上が断ち切れてますが、そういう構図で描きます。

 

まずいつものように下絵の上からカーマイン(赤)を塗ります。

これが下地の色になります。



目から鼻口へと塗っていきます。

ちょっと不安そうなマチルダですね。

今にも泣きそうです。



さらに濃い色を塗ります。

髪の毛は一番最後に描く予定です。

 

 

ここで鼻と口を修正。

鼻と口の位置を3ミリほど上にあげました。

一度描いた部分を濡れた筆でこすり色を落とします。

完全には拭き取れませんが大体でいいので拭き取り、

鉛筆で描きなおして塗り直します。

 

どんな場合でも描き直しというのは苦痛ですがやるしかありません。

納得できるまで何度でも直します。

創作とは、こういう地味な作業の積み重ねなのです。

 

さて、

これで間延びした顔つきが少し引き締まりました。

正直、これで完成でもいいかなと思います♪

 

 

次の行程が実は初体験です。

水彩色鉛筆という優れものの画材があります。

よく考えたなぁと思いますが、

これは水彩絵の具の顔料をそのまま固めて鉛筆の芯にしたものです。

 

固形水彩絵の具の鉛筆版ですね♪

そのまま描けば普通の色鉛筆と同じに描けますが、

芯が顔料絵の具なので水に溶けるんです。

 

ですから描いた上から濡れた筆でこすると色鉛筆が溶けて

水彩画のようになります。

また紙を湿らせた状態でこの色鉛筆で描くと

芯が溶けながらかなり濃い色が描けるわけです。

 

原理は極めて単純ですが、よく思いついたなぁとね、感心します。

数日前に

もう30年以上前に購入したスワンスタビロ社の水彩色鉛筆が

ほぼ未使用の状態で押入れの奥から見つかりました。

 

あぁそうだ、そういえばこんなの試しに買ったっけと思い出し、

30年ぶりに使ってみましたが色数が12色なので足りません。

色鉛筆は絵の具と違って混色ができないので数が必要なんです。

パステル、コンテ、クレヨン、マーカーなども同様で、

60色ぐらい必要になります。えらいお金がかかります♪

 

そこでターレンス社製のヴァンゴッホ水彩色鉛筆36色を買いました。

このヴァンゴッホとスタビロを組み合わせて使っていますが、

まだ十分に使いこなせません。

 

とりあえず、髪の毛の部分を平筆で濡らし、

その上から芯を溶かしながら水彩色鉛筆で描いてみました。

あぁなるほど~ こうなるのね~ と試行錯誤しながらの制作です。

 

試行錯誤してますから多分失敗するでしょうが構いません。

失敗しなければ学べないからです。

仕上げの構想としては、

絵画風味とイラストデザイン風味の組み合わせという感じです。

あまり写実に偏らないように、

デザインっぽくポップな感じにしたいと思いますが…

さてどうなるんでしょうね。

 

 

髪の毛をデザインっぽくする予定でしたが、

なんだか写実風になってしまいました。

引き続き水彩色鉛筆で描いています。

芯が水に溶けながら描けますので不思議な感覚になります。

面白いです♪

 

ほほぉ~ こうなるんだぁ~♪と、子供のようにはしゃいでいます。

 

使ったことのない画材というのはいつだって冒険です。

冒険にはリスクがありますが、それがまたワクワクするわけです。

幼稚園の時、初めてクレヨンを使った時の感覚ですね。

楽しいです♪

 

 

さて仕上げです。

ちょっと予定とは違う仕上がりになりました。

髪の毛をもう少しデザインっぽく、マンガ風にするつもりでしたが、

まぁこれはこれでいいと思います。

デザインっぽくはないですが、
申し訳程度にスパッタリングで髪の毛に絵の具を飛び散らせました。

 

画面の上下に格子縞の飾りを描いていますが、

実は上部の飾りは一度失敗して描き直しています。

参考写真のマチルダとはまた少し違う女の子になりました。

写真を元に描いても
描いている間に参考写真から離れていくことがあります。
あまり写真を見ないで描き進めてしまうんですね。

これはある意味、乗って描いている証拠なんです。
参考写真に似せよう似せようとすると窮屈になりますが、
いつの間にか写真を見ないでどんどん描いている自分がいるわけです。

結果、元の写真とは少し違う感じになります。
このマチルダもそういう過程を経て完成しました。
でも、こういうマチルダもいいかも。
ていうか、タイトルは『マチルダ』じゃなくてもいいかも♪

 

 

 

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『レオン』マチルダイラスト(水彩画新作♪)

 

 

『レオン』のチルダを描こう!
 

 

 

映画『レオン』のマチルダナタリー・ポートマンさんは、

とてもキュートで魅力的です。

そう思う人は私だけではないようで、

ネット検索すると多くの写真と一緒に

自作のイラストがたくさんアップされています。

 

つまりマチルダというキャラクターは、

素材として描きたくなる人がたくさんいるということ。

かく言う私も例外ではなく、

描いてみました

写真を元に描いていますが

元の写真よりも面長になりました

キアヌ・リーブスに似てなくもないかな♪

 

鼻筋が歪んでいますがあえて修正はしていません。

歪んでいても、これはこれでバランスが取れているからです。

完璧でなくていいのです。

あと2枚ぐらい描いてみたい素材ですね♪

 

❖ 使用画材 ❖
ホルベイン、クサカベ、透明水彩絵の具

イーグルカラー色鉛筆、ターレンスヴァンゴッホ水彩色鉛筆

これまではミューズタッチという水彩紙を使用していましたが、

今回はクリームワトソン紙 150gを使用しました。

なかなかなめらかな描き心地でした♪

 

 

 

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