岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

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『葉桜の季節に君を想うということ』を読む♪

 

葉桜の季節に君を想うということ
歌野晶午 文春文庫 ★★★★ 面白い!

 

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Amazonレビューで、高評価より低評価が多いという問題作♪
主人公成瀬将虎は決して品行方正とは言えない精力絶倫男。
今日もいきなり女を抱く。
ものすごい出だしだが、読み終わるとこれが伏線だったりする。
ちょっと上手いかも♪

そして同じフィットネスクラブに通う女性から、蓬萊倶楽部という
悪徳商法グループの調査を依頼されるところからお話は始まる。
将虎くんは若い頃、探偵修行をしたらしく、調査には慣れているのだ。
この悪徳商法の調査という題材が非常に興味を惹き、物語に引き込まれる。


本作の評判をネットで知っていたので本屋で見て購入。
歌野晶午初体験、先入観ゼロで読んだ。最後の一行を読み終え、
ちょっとした感動と勇気をもらったりする自分がいる。
これは面白い、よく出来てるなぁ~ と感心しきりであった。



乾くるみの『イニシエーションラブ』という作品を思い出す。
あの作品には騙された。
最後の一行を読み終え、しばらくワケがわからずに数ページ読み返した。
それでも釈然とせず、解説を読んで、ああなるほど! と納得した♪


本作も似たような『仕掛け』がラスト近くにあるが、
こちらは騙されたというより、ああそうなんだ♪
そういうお話だったんだと妙に感心したのだ。
文章の持つ機能をうまく、そしてズルく?生かしている♪
でも主人公の『将虎』って名前がね、
今どき珍しいなと思えば『ふふふ♪』なのである。

これはAmazonでも大絶賛だろうとレビューを読むと…
ぶっ! 評判悪い! 低評価が高評価を上回る♪
読んでみると『ズルイ』『詐欺』『反則』『気持ち悪い』『合わない』
という言葉が並ぶ。しばし茫然。
この小説を面白がる私は少数派? 気持ち悪い人間なのか? と落ち込んだ。


『イニシエーションラブ』は騙され方に心地よさがあったが、
本作には『心地よさ』という感じはない。
騙される爽快感より、妙に納得する不思議な読後感がある。
本編のトリックは、つまりは『Aだと思っていたらBだった』というもので、
それ自体新しいものではなく、むしろ素人でも思いつきそうな発想だ。
それが癇に障って低評価なのかもしれない。



同じアイデアを複数の人間が思いつくことは珍しくない。
その複数がプロかアマかは関係ない。
だから読者の中には、同じアイデアを一度は考えたという人がいると思う。
しかしそのアイデアを『形』にできる人は一握りにちがいない。

本作のアイデアは洗練されたプロの発想と言うより、
素人でも思いつきそうなハードルの低さがある。
『こんなことプロ作家がやってはいけない』ということをやってるから。
だから『反則』だと。
『もっとプロとしての矜持を持て!』と読者が怒るのもわかる気がするが…


果たしてそうなのだろうか?
一流のマジシャンほど小賢しい手を平気で使うことは良く知られている。
超一流がそんなことするわけない。もっと凄い仕掛けがあるに決まってる。
観客がそう思うところが思い込みであり、まんまと騙されるのだ。


たとえば、
カーテン越しに見える自由の女神像が観客の目の前から消えるマジック。
本当に消えてしまう。跡形もなく。でも何のことはない。
カーテンが閉まっている間に少しずつ観客の座る舞台がカーテンごと
逆方向に回転するだけ。
カーテンが開くと観客はまったく別の景色を見ているわけで
自由の女神像は反対側にちゃんとある。
それを隠すため、このマジックは必ず夜に行うのがミソだとか。ズルイ!


これがマジックでなければ『詐欺』になるだろうが、
マジックのタネを明かしても観客は怒らない。
むしろ観客は微笑ましい気持ちになる。ああ、な~るほどねと♪
TVでこのマジックのタネ明かしを見たとき、なんとも楽しい気分になった。


本作のトリックにもそういうものを感じる。
 えっ… そうなの、なるほど~!と。
これがマジックなら誰も怒らないと思うが、
ミステリーだと激怒する人が続出するのはなぜなのか?

多分、『ミステリーとは知的なもの』という思い込みと期待のせいだと思う。
素人でも考えそうなことをあえてやることは、
『茶目っ気』では済まされない『許されない反則』と映るのだろう。
ミステリーをそれほど読まない私などは、
こんなトリックも一度ぐらいありだろうと思うのだけど♪


そもそもこのトリックは、
夜中の3時頃に思いつけば天下を取ったような気になれるだろうが、
一夜明け、冷静に考えるとバカバカしくて書く気が失せる類いのものだろう。
いざ書き出してもなかなかうまく書けず、そのうち諦める人が大半だと思う。
こういう突拍子もない荒唐無稽のアイデアというのは、
だいたい発想に無理がある。不自然なのだ。
そして現実的に考えれば考えるほど、おかしな部分が続出するもの。
だから荒唐無稽と言うのだ。

現実と照らし合わせて整合性が取れれば荒唐無稽でもなんでもないのだから。
本作のトリックも例外ではなく、探せば粗があるのは仕方ないのだ。


だから、素人でも思いつきそうなわりに、
このアイデアをメインに400ページの長編を書くのは至難と思われる。
1~2ヶ月で書き上げられるとは思えない。
最後の一行を書き上げるまで、テンションを維持しなければならない。

これは意外とできないぞと。まずプロットで挫折するだろう。
ちょっとでもバカバカしいと思えば筆が止まる。
ワタシは何を書いているのだろうと自己嫌悪に陥るにちがいない。
それをグッと我慢して400ページの長編に仕上げるというのは、
ある意味『変な人』でなければできない。

それも並の変では無理だ。
『変の特上』ぐらいの『変』の持ち合わせが必要だろう。
歌野晶午さんはそういう人なのだと思う。
だから書けたのだと。なんか素晴らしいなと♪



私がこの作家の才を感じるのは、この掟破りのトリックではなく、
それをどういう物語にするかという題材の選び方の方である。
これが普通に怨恨からの殺人事件などではつまらない。
密室殺人でも猟奇殺人でも同じだろう。
蓬萊倶楽部という悪徳商法という題材が功を奏しているのだ。


振り込め詐欺被害は増え続ける一方の昨今。
詐欺グループに対する国民の怒りは高まるばかり。
こういう悪い奴らを懲らしめたいという気持ち。
不謹慎だが、被害者の人生をのぞき見する好奇心もある。

テレビなどで繰り返される密着警察ドキュメントや被害者と弁護士が
タッグを組んで詐欺師を問いつめる番組などが軒並み好視聴率を上げるのは、
みんな興味があるからだ。私も♪
こういう日常の取り入れ方が非常に上手いなぁ~と。


詐欺グループを調査する将虎くんは、決して品行方正な人物ではなく、
彼と運命を共にする女性も決してまともな人間ではない。
この変則的な設定の妙がいい。
過去現在に渡ってのサイドストーリーが2つ加味され物語に厚みがある。
目玉のトリックより、むしろこちらの方にこそ読ませる力があると思うのだ。
私はドキドキしながら読んだけど♪


『Aだと思ったらBだった』というトリックが本作の目玉だが、
むしろ詐欺グループの調査、被害者の運命、
それに2つのサイドストーリーがどうかかわってくるか、
それらを一つにまとめるための方便がトリックのようにも思える。
だからこのトリックはなくてはならないものだが、
目くじらを立てるほど不快なものではないだろうと思うのだ。


とにかくAがBだとわかってしまうと成り立たないので巧妙に隠すしかない。
しかし隠しても、そもそものアイデアが荒唐無稽だから隠しきれない。
途中で気がつく読者もいるはず。
でも読者が気がついてもかまわない。決して失敗ではない。
私の読後感はそうだった。


素人でも考えそうなアイデアを形にするには勇気がいる。
工夫がいる。根気がいる。
素人にはこの3つの持ち合わせが少ないか、全くないかのどちらかだろう。
しかしプロはちがう。やっちまうんですね、平然と。
まるで『瞬間移動』というマジックで双子を使うマジシャンのようだ。
恥も外聞もない。貪欲なのだ。そこが素人との『決定的な差』であると思う。


歌野晶午初体験だったが、
この人は素人臭いアイデアを扱っても着地点はしっかり心得ている。
つまりプロの作家なのだ。
20代、40代、さらに還暦過ぎて合計3回読むと、
まったくちがう3つの物語を体験できるかもしれない♪
面白い本が読みたい人。プロとは何かを知りたい方。
お勧めの逸品だと思います!!


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