岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

興味を持った本と映画のレビューとイラストを描く♪

ロシア(プーチン)=悪、ウクライナ(ゼレンスキー)=善 という見方が少し変わる本

 

 

 

第三次世界大戦はもう始まっている
 

エマニュエル・トッド 文春新書  ★★★★ 難しかった!

 

 

 

 

フランス人学者エマニュエル・トッド氏(専門は人類学らしい)が

ロシアのウクライナ侵攻について考察した4章仕立ての本。

これはねえ…不勉強な私にはなかなかに難しく、

内容を深く理解できなかった。

にも関わらず、偉そうに感想文を書くという暴挙でスマン。

見当外れのことを平気で書いていると思うが、

興味のある方はどうぞ

 

 

まずトッド氏は、

アメリカの政治学者ジョン・ミアシャイマーの考察に大方同意すると述べ、

ロシアの蛮行を否定している。これは受け入れ難いと。

しかしプーチン大統領をこの戦争へと追い詰めたのは、

アメリカとNATO(西側諸国)の傲慢さだと言うのだ。

この部分がミアシャイマーさんと同じ見解らしい。

プーチンも悪いが、彼を戦争に追い詰めた奴らがいる。 

ふうむ、なるほど。

 

この世界には実に様々な人間が住んでいる。

ある国の常識は他の国では非常識になる場合もある。

それほどに『違う人々』の集まりが『我々』なのである。

だから他人の考えや生き方を力づくで変えようとするのではなく、

なんとかこの地球上で住み分けをする知恵が必要になる。

地球以外に住む場所がない以上、

厄介な人たちとも付き合っていくしかないのだが、

これはかなり無理なことなのだろう。

 

民主主義と共産主義も同様で、

相入れなくても「ジャマだからあっち行け!」とか、

「俺たちの考えに合わせろ!」などと強要するのは難しい。

お互いに「しょうがねえけど、付き合ってやるか、 ったく…」

しかないのだと思う。つらいぜ。

 

ロシアに対しても

「ったく、しょうがねえなぁ」という気持ちで相手を尊重していれば、

この戦争は起こらなかったというニュアンスがこの本から感じ取れる。

つまりウクライナを中立化するというロシアの要請を受け入れていれば、

この戦争は避けられたということらしい。

 

しかしアメリカがやっちまった。

「ロシアなんてソ連が崩壊して小さな国になっちまったんだから、

もう俺たちの脅威じゃねえし、シカトしとけばいいのさ!」

とばかりにソ連崩壊後、ロシアを低く見続けていたようだ。

今や脅威はロシアではなく中国なんだと。

 

プーチンさんはこの屈辱に耐えながら、それでも警告は発し続けていた。

「あのねえ… それ以上私をバカにすると怒るよ! レッドラインがあるからね」と。

ロシアのレッドラインとは、

1990年、米国ベーカー国務長官ゴルバチョフ書記長に保証した

NATOを東方へ1インチたりとも拡大しない」という約束だ。

ロシアはアメリカのこの保証を信じたらしい。

 

しかしである。

その後NATOは図々しくも、なんと! 二度も東方に拡大した。

「あ… なんだよ、話が違うやんけ!」

と不快感を示しながらもプーチンさんはそれを受け入れた。

その後でジョージアウクライナNATO入りは絶対に許さへんでェ~!」

と釘を刺し、これがロシアが示した明確なレッドラインになったという。

 

「ったく… しょうがねえけど、まぁそうしとくか」

と1インチも拡大しなければよかったものの、

「まぁ、大丈夫だろう、ロシアは今や小っこい国なんだしよ~

文句は言っても大事には至らねえよ、うん、大丈夫」

 

そう思ったのでしょうかね。

傲慢なアメリカはイギリスと組んでウクライナを援助し続け、

軍事的にはすでにNATOの加盟国にしちまった。

 

プーチンは怒った。「あ~! てめえらついにやっちまったな~!」

 

それからウクライナでのナントカ革命、クリミア半島編入を経て、

東部ドンバス地方の実効支配と進んだのだ。

日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れにならないうちに叩き潰す。

もうヤケクソだ。これ以上は我慢ならん!

これが今回の侵攻の目的だったと書いてある。(ヤケクソとは書いてない

ここら辺の考察もミアシャイマー氏と同じらしい。

 

トッド氏は、だからこの戦争は仕方ないとは言わないが、

簡単に避けられたはずの戦争を始めさせてしまったのは、

ウクライナを軍事支援した非常に好戦的なアメリカとイギリスだと怒っている。

世界の大半の国は、『西洋の傲慢さ』にウンザリしているとも述べ、

さらに、アメリカとイギリスが共に病んでいると嘆いている。

怒ったり嘆いたり、実に人間的なお方である。

 

 

♥♥

民主主義の脆弱さが叫ばれる昨今だが、

そもそも自由民主主義の代表国と言われるアメリカとイギリスが、

すでに自由でも平等でもなくなっている。

特にアメリカ人にとっての平等とは、白人同士の平等であり、

そこに黒人や他の人種の平等が入ってくるのは非常にまずい。

人間は全て平等という考えをアメリカにもたらしたのが共産主義国ソ連で、

ソ連が崩壊してアメリカが一人勝ちしたわけではなく、

アメリカもソ連とは違う過程を経て、

『不平等、格差、分断』という形でゆっくりと崩壊しつつある。

 

つまりアメリカとロシアは『互いに互いを破壊した(P.129)

そうトッド氏は言うのだ。

合せ鏡のような国なんですね、アメリカとロシアは。

 

トッド氏の本を読むのはこれが初めてなので、他の著述は知らないが、

著名な人類学者が、

ここまで感情むき出しに西洋諸国への怒りを語った本も珍しいのではないか。

その一点だけでも読む価値があると思う。

 

 

さて私はここまで読んでため息をついてしまった。

ハァ~~である。

語られる内容が、私が毎日接している報道内容と大分違う。

つまりこの戦争は、

『侵略者対正義の戦い』とか『民主主義国対独裁国家

という単純なものではないらしいのだ。

 

 

私がこの本を読んで衝撃を受けたことが2つある。

1つは、欧米がかつての輝きや魅力を失いつつあるのに対して、

ロシアは国家の再建に成功、社会モデルの回復という具合に希望があり、

ヨーロッパの東側で、その周辺国を惹きつける存在になっているという指摘だ。

 

これだけの蛮行を続けるロシアが国家として回復しているというのは、

私には驚きであった。

 

そう言われれば、最近はまともな側には力(魅力)がなく、

まともでなさそうな側が力を持ちつつあると感じることが多い。

権威主義が幅を効かせる時代なのだろうか?

トランプ氏の人気が落ちないばかりか、

同じ共和党内でもトランプ氏を批判する人が裏切り者扱いされ支持者を失う

という記事を読むと背筋が寒くなる。

 

これは特別な才能を必要とする創作の世界でも感じることだ。

東京オリンピックで、立て続けに起こった醜態などもそうだろう。

ああいう国際的なイベントに選ばれるクリエイターは、

優れた才能の持ち主であることは間違いない。

しかしその過去に、人としてどうにも納得のできないものがある。

つまり才能だけの人なのだ。

 

この『才能だけの人』が増えているというのは、

世界的な傾向なのだろうか?

それともそう思うのは私だけなのだろうか?

どんなに青臭いと言われても、

最後にモノを言うのは『人格』だと私は信じたい。

 

プーチン大統領は、どうなんだろう?

 

 

♥♥♥

さて、そういう復活しつつあるロシアに対して、

ウクライナは軍事的には有能でも国家として破綻しているとトッド氏は言う。

ロシアが「権威主義で個人より集団が重視されるやや暴力的な国」

であるのに対し、

ウクライナ個人主義ではあっても、

独立から30年以上経っても十分に機能する国家を再建できないでいる」と。

ロシアとウクライナはそれほどに国として『違う』のだ。

 

さらにリーダーとしての資質という点から見ても、

プーチン氏とゼレンスキー氏は随分『違う』ようだ。

表面的な見方だが、

ウクライナ侵攻という暴力的な行動の是非は別として、

プーチン大統領の方が軸がしっかりしている。

とにかくブレないし冷静(冷酷)に見える。

ゼレンスキー大統領も徹底抗戦という軸はブレていないが、

どうにも感情的で英雄然とした振る舞いに危うさを感じることがある。

 

2022年8月12日の朝日新聞早稲田大学の豊永郁子教授が

ウクライナ 戦争と人権』と題して寄稿しているが、

その中でゼレンスキー大統領を

「信念だけで行動して結果を顧みない『心情倫理』の人であって、

あらゆる結果を慮る『責任倫理』の政治家ではないのではないか」と疑問を呈し、

ウクライナに住む人々の人権はどこに行ってしまったのだろう」と訴えている。

 

私は豊永教授のこの一文が脳裏に焼き付いて離れなくなった。

ゼレンスキー大統領のやり方は、

ロシア軍を完膚なきまでに叩き潰し、領土を奪還し、

二度と侵攻する気を起こさせないという、

いわば禍根を残さない戦法なのだろう。

しかし、ロシアがウクライナ領土から撤退するとしても、

それまでにどれだけの国民の命が失われるのかということを

政治家としてどう考えているのだろうか。

 

世界に対し軍事援助を求め、

領土奪還を世界に訴えるゼレンスキー大統領をかつては応援した私も、

この本を読み終えた今は、どうにも複雑な気持ちなのである。

TVの報道を見る限り、

領土の完全奪還とロシア軍の撤退という言葉の繰り返しで、

彼の言葉に『ウクライナ国民の命』というものが見当たらない。

 

ゼレンスキー大統領が国民の命を軽く考えているとは思わない。

ロシア軍の侵攻が始まった時点で、戦うべきかを考えぬいたはずだ。

ウクライナ人には、

クリミア半島を力で奪われたという屈辱感がある。

この屈辱は二度と味わいたくない。

そういう思いが強いのだろう。

 

ただウクライナは非常に複雑な国のようで、

親ロシア派が多く住む東部とヨーロッパに近い西部に住む人たちでは、

同じウクライナ人でも考えが違うようだ。

ロシアの一部でありたいという想いと

欧州の一部でありたいという想いは、水と油に違いない。

だからこそ『中立』ということが意味を持ってくるのだろう。

 

長引く戦争によって、ウクライナ人の考え方にも変化が現れている。

兵役を拒否する人が増えているというのだ。

「自分は兵士には向かないし、

自分にできることは、働いたお金でウクライナ軍を支援することだ」

と答える20代の若者や

「ロシア軍も憎いが、兵士としての資質があるかどうかもわからずに、

兵役に就かせようとするウクライナ政府も憎い!

私の夫を返して欲しい!」

と泣き崩れる若い女性の姿を見ると、

徹底抗戦、領土の完全奪還というのが賢明な選択なのかわからなくなる。

 

しかしこの選択に賛成するウクライナ国民が増えているらしく、

さらに複雑な気持ちに拍車がかかるのだ。

人命も領土も失いたくないというウクライナ国民の悲痛な想いは、

ロシア軍の撤退以外に叶えられないのだから。

 

トッド氏は、

「もうこの戦争は終わらせなければならない。交渉するべきだ!」

という立場のようだ。

その理由として、

我々は今「人口が貴重なものになっている時代に生きている」

のであり

「人々に理性を取り戻させることができるとすれば、

『兵士の命の価値の高さ』へ意識が向けられることによってでしょう(P.203)」

と書いている。

だから私はこの本がロシアの宣伝本ではないと信じたい。

 

 

♥♥♥♥

2つ目は、

これだけの蛮行を繰り返すロシアを非難もせず経済制裁もしない国が、

非難し制裁を加える国とほぼ同数あり、

ロシアは今回の制裁で決して孤立したわけではないという指摘だ。

えっ、そうなんですかと、私はひっくり返った!

国際情勢に疎い私は、

経済的制裁によりロシアは早々に根を上げると思っていたからだ。

 

これは国益を考えたら、

ロシアともめるのは非常にマズイ国がたくさんあるからなのだろうが、

それにしてもこの世界というのは実に寛大というか何というか、広いなぁと。

どう考えてもダメでしょう、他国への侵攻なんて。

虐殺が行われた証拠が次々に見つかっているという事実を持ってさえ、

非難するだけで制裁しない(できない)、

または非難も制裁もしない(できない)人たちがいるという現実。

 

しかしそれが人間社会であり、

どれだけ悪いことをしても受け入れる場所がどこかにあるのだなぁと。

世界一丸となって非難しろよ、制裁しろよと言いたいが…

言うだけ無駄なんでしょうかね。

 

そこで思うのが、私が絵に描くのが大好きな動物たちの世界である。

自然界には弱肉強食という厳しい掟があるものの

その掟には無駄がなく、理にかなっている。

文字通り『無益な殺生』はしないのだ。

 

ここが人間社会の弱肉強食と違うところで、

成果主義という弱肉強食は、自然界の理にはかなっていない。

実に多くの無益な殺生の連続だった。

人間というのは文字通り『非情』なのである。

しかし動物は違うだろう。

 

人間に比べると自然界の生き物は、実に潔い生き方をしている。

自然界にはプーチンなんていない。

国境もないのにちゃんと棲み分けている。

自分のテリトリーに侵入する外敵にいきなり発砲する奴はいない。

まず威嚇し、相手が逃げれば追いかけない。実に平和だ。

ところが知能が高くなるにつれ、自然界の生き物でも厄介さが増してくる。

相手を思いやると同時に意地悪もするようになるからだ。

知性というのは諸刃の剣なのだろう。

 

というわけで、

普段この手の本を読まない人も、たまにはこういう本を読んで、

世界の在りようや人間の厄介さについて思いを巡らすのもいいと思う。

 

我々が住むこの地球という世界は、

実に複雑で多様な価値観、倫理観で成り立っている。

それらは必ずしも世界共通ではない。

国が違えば、途端に通用しなくなる。

価値観や倫理観は、国や人の数だけあり、

それと同じだけの正義があるという厄介な世界に我々は生きているのだ。

だから『プーチンの正義』というのもあるのだろう。

どうにも納得できないけれど。

 

私にはちょっと難しかったので、「全部読むべし!」とは言えないが、

第1章か第4章のどちらかだけでもいいので、

マンガやラノベの合間にぜひどうぞ。

お勧めです!

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