岩井田治行の『くまのアクセス上手♪』

興味を持った本と映画のレビューとイラストを描く♪

007映画の頂点『007/ゴールドフィンガー』(2)

 

007/ゴールドフィンガー

GOLDFINGER

1964年 イギリス/ガイ・ハミルトン監督作品

【前回のつづき】

満足度 ★★★★★大傑作!

 

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★ オーリック・ゴールドフィンガー

ネット上の『007/ゴールドフィンガー』のレビューを読むと

若い世代ほど、当然ながらこの作品に対する想いが薄いことがわかる。

半世紀以上前の作品なので致し方ないことだが、

とりわけ、ボンドと対決する敵役ゴールドフィンガーに対する評価が低い。

曰く、歴代ボンド映画の中で一番冴えない悪役だと。

悪人にしてはあまりにもセコイ小物だと言う人が案外多い。

 

つまり、ボンドと対決するには迫力がなさ過ぎて物足りないらしい。

また若い世代ほど、この映画をコメディタッチと感じ、

ツッコミどころ満載のギャグ映画と思っているところも興味深い。

オープニングで、ラミレス軍団の基地に海から潜入するボンドが、

ウェットスーツの頭に擬装用のカモを付けて現れるシーンは大爆笑らしい。

 

リアルタイムで観た私の記憶では、このシーンで笑った観客は一人もいない。

スパイというものがまだ真新しかったこの時代、

探偵の『変装』と違い、スパイは『偽装する』というイメージ通りのシーンだった。

世代が違うと、こうも違うのだなぁと脱力する♪

しかし若い人もこの作品を、おおむね面白い♪と評価している。

 

私は原作小説は第1作の『カジノ・ロワイヤル』しか読んでおらず、

小説のゴールドフィンガーの人物像を知らない。

ウィキペディアによると、原作ではロシアの暗殺組織スメルシュの支援を

受けているという設定らしいが、映画では民間人の密輸王である。

2,000万ポンドの金塊を世界各地に保有する合法的な金の売買業者で、

多角経営を行い、宝石商としても国際的に知られ、

冶金(やきん)工場の経営資格を持つ大富豪との説明がある。

 

2,000万ポンドは今の日本円でほぼ30億近い金額だが、

1ドル360円の当時ではもっと大金だったはず。

原作をどこまで脚色しているかわからないが、とにかく大金持ちである。

 

そのゴールドフィンガーを若い世代が『小物』と言うには理由がある。

まず、冒頭のマイアミホテルのプールサイドで行われる賭けポーカー。

ゴールドフィンガーはポーカーの名手と紹介されるが、

彼が宿泊するホテルにボンドが休暇で居合わせたことから任務が始まる。

なぜゴールドフィンガーがこのホテルにいるのかは説明されないが、

おそらく、グランドスラム作戦の下見に来ていたのではないかと推察。

 

このホテルの客を相手に賭けポーカーに興じるのだが、

ゴールドフィンガーはすでに1万ドル勝っている。

1万ドル。1ドル360円で360万円。

我々には大金だが億万長者のゴールドフィンガーにははした金のはず。

この360万をカモからせしめるために彼はイカサマを繰り返すのだ。

向いの自分の部屋のベランダに配下の女を置き、

なんと! 双眼鏡で相手のカードを覗き、無線で報告させるというセコさ♪

おまえは子どもか?

 

ボンドは女に聞く。『ゴールドフィンガーは何でこんなことをしてる?』

女は答える。『勝つためよ』

『君はなぜこんなことをしてる?』『お金のため』と女は答える。正直だ。

 

ボンドは、相手を探るだけというMの命令を無視、

ゴールドフィンガーに1万5千ドル負けるよう強要する。

イカサマをマイアミ警察へ通報されては困るとその要求を呑んだあと、

ゴールドフィンガーは手に持っていた鉛筆をバキッ!と折る。

これが初登場のゴールドフィンガーという男の描写である。

 

勝つためには手段を選ばないというより、

自分を屈服させる人間がこの世に存在することが許せない。

ゴールドフィンガーにとって賭けの金額は関係ないのだ。

すべてが自分の意のままに動かなければならず、逆らえば消す。

ボンドになびいたジルの全身に金粉を塗り殺害するのはこのためだが、

ジルに塗った金粉の総額は、360万どころではないはず。

 

一方で360万のために子どもじみたイカサマをし、

もう一方では、惜しげもなく金粉を散財するという歪んだ憎悪。

ここにゴールドフィンガーという男の狂気、異常性がある。

今で言うところのサイコパスなのだ。

 

ここではまだボンドの正体がわからないため殺さず警告にとどめているが、

すでにゴールドフィンガーの狂気はボンドに向かっている。

しかし、ボンドはまだ彼の狂気をそれほど真剣には受けとめていない。

それが次のゴルフ場でのボンドの失態に繋がるのである。

 

ボンドは身分を隠しゴールドフィンガーに接近する。

政府から預かった金塊をエサに探りを入れようとするのだが、

ここでボンドの悪いクセが出る。ちょっとからかってやろうと。

プレー中にゴールドフィンガーがゴルフボールを紛失すると、

主人に忠実なオッド・ジョブは、すかさず新しいボールにすり替える。

ここも主人に似てセコイのだが、ボンドはさらにそのボールをすり替える。

まるで子どものようなイタズラをボンドは楽しむが、

ゴールドフィンガーはいたって真剣。稚気と狂気は表裏一体なのだ。

 

ボンドにすり替えられたボールのため、ゴールドフィンガーは反則となり、

賭け金を払わなければならなくなる。

ゴールドフィンガーはさり気なく小切手を書くが、内心は怒り狂っている。

ここで殺人帽の威力を見せて、自分にかまうなと再度ボンドに警告するのだが、

ボンドはさらにダメ押しの一発を余裕でやらかしてしまう。

 

別れ際に、すり替えたボールを渡し、インチキの種明かしをするのだ。

オッド・ジョブにそのボールを片手で粉々に砕かれてしまうと、

ここでボンドの顔がサッ!と変わる。

ボンドは余裕のジョークが通じぬ相手だと察知し、

ここからボンドは前述した現役情報部員の顔になって行くのだ。

ボンドはこの時、相手の異常性を感じ取り、警戒モードに入ったのである。

このシーンの演出とコネリーの表情がいい。

 

劇中に説明はないが、ゴールドフィンガーとオッド・ジョブは、

明らかに異常人格者である。

見た目のユーモラスさに隠されているがこの2人の異常さは半端ではない。

ノオ博士やスペクターの殺し屋はわかりやすい悪だが、

ゴールドフィンガーとオッド・ジョブは一見それとはわからない。

しかし、人が良さそうに見える分、その異常性が際立つ。

こういう奴らはホントにヤバいのだ。

 

中野信子女史の『サイコパス(文春新書) によれば、

ゴールドフィンガーは「勝ち組サイコパス」の部類に入る。

今人を殺したら、自分に不利になる。だから生かさず殺さず搾取する、

そういう冷たい計算ができる異常者なのである。

イギリス政府がMI6に捜査を依頼するほどの巨額の金の密輸を行いながら、

一切の証拠を残さず捕まらない犯罪者が『小物』であるはずがない。

ボンドは敵のこの隠れた異常性に遅れて気づくのである。

 

捕えたボンドを殺さず歓待し、フォート・ノックス金塊保管庫まで連れ回し、

小型水爆に手錠で繋げると『グッドバイ、Mr.ボンド!』とひと言放ち、

後も振り向かず去って行く。捕えたボンドを水爆と共に消し去る。

その楽しみのためにボンドを生かしておくという狂気。

 

この後、プッシー・ガロアの裏切りで米国陸軍に金塊保管庫を包囲されると、

ゴールドフィンガーはすぐさま米軍将校に化け、オッド・ジョブと部下一人を

ボンドと水爆と共に保管金庫の中に閉じ込め逃げてしまう。

しかし、主人に裏切られたオッド・ジョブは

水爆のカウントを止めようとはせず、ボンドを倒そうとする。

これも主人に忠実というより、サイコパスだからこその行動だろう。

こういう言葉にならない表現が非常に観ていて面白く、恐いのである。

 

★ 犯罪の金字塔 ★

グランドスラム作戦はシリーズ中で最もユニークな犯罪で、

保管されている金塊を盗むのではなく、放射能で汚染させ使用不能にする。

この放射能は58年間は消えないらしい。するとどうなるか?

ゴールドフィンガーが所有する2,000万ポンドの金の値が10倍に上がる。

つまり、盗むのではなく自分の所有する金の価値を上げるため、

小型水爆を爆発させるという異常犯罪なのだ。

 

58年間汚染されたフォート・ノックス近郊の住民がどうなるか、

そんなことはゴールドフィンガーにとってどうでもいいのである。

これは単なる犯罪ではなく、58年間の地域汚染という、

とてつもない後遺症を生む。

 

ただひたすら自分の所有する金塊の価値を上げるため、

これほど異常な行為を実行する敵役はシリーズ中ほかにいないが、

その狂気はユーモラスな風貌に隠されて表に出て来ない。

 

若い世代がこの作品をコメディ作品として鑑賞するのもわかるが、

私にはこの作品の『悪』が最も異常なものに見える。

 

ゴールドフィンガーアメリカのギャングを集めて、

グランドスラム作戦について得意顔で熱弁を振るうシーンがある。

ここも可笑しいのだが、よく聞くと狂気に満ちている。

ゴールドフィンガーは語る。

 

人間はエベレストに登り、深海を極めた。

月にロケットを打ち上げ、奇蹟を行った。

しかし、犯罪の分野だけが立ち遅れている!

 

そんなものは立ち遅れてもいい!

もの凄い理詰めの論理で説得力があるが、人として間違っている。

まるで、ヒトラーの演説のようではないか。

私には、自己満足で悦に入るトランプ大統領の姿が重なって映る。

 

原作小説でボンドが対決する悪は『怪物』的なキャラが多く、

そこが人気の秘密であると同時に、キワモノ小説と言われる所以でもある。

しかしこの『キワモノ』的要素がこの時代の娯楽の核でもあった。

娯楽作に於いては『非現実的なもの』ほど喜ばれたのである。

 

ゴールドフィンガー』は、ヌーベルバーグやアメリカンニューシネマという

新しい映画表現とは無縁で、『絵空事』の制作手法に則っている。

つまり空想物語としての広がりや豊かさを重視して制作されているため、

リアルなダニエル・クレイグのボンド映画に慣れた世代には物足りなく映る。

 

アクションも迫力は弱く、悪役もセコく、ツッコミどころ満載に観える。

今風のスピーディなアクション技法が確立される前の娯楽作は、

大体物足りなく映るのも当然なのだが、

それでも多くの若者が『ゴールドフィンガー』は面白いと言うのは、

この作品に『絵空事』の豊かさを感じるからではないだろうか。

 

カジノ・ロワイヤル』『慰めの報酬』『スカイフォール』などの

ボンドアクションは、観終わると私の記憶にあまり残らない。

それが現実的で非常にリアルなものの宿命で、その典型がCG表現だろう。

リアルになればなるほど印象が薄くなる。

 

理由はわからないが、本来人間の脳は『作りもの』を好むのではないか?

現実にないもの(ウソ)を体験する快感がリアルに勝るような気がする。

激しいクレイグ・ボンドアクションは観ているときは快感だが、

ゴールドフィンガー』のような絵空事のアクションの方が

脳は喜び、またいつまでも記憶に残る、 と言えないだろうか。

 

ゴールドフィンガー』のアクションにはウソがある。

ひとつひとつのアクションが芝居がかっているからである。

オッド・ジョブの『チン!』という音など、まさにお芝居なのだ。

そういう作った面白さが、別の言い方をすれば『余裕』というものが

世の中から消えてしまったように思えてならない。

 

コネリー・ボンドが面白いのは、その『余裕』に満ち満ちているからだ。

若い世代も本能的にそれを感じ取っているに違いない。

今観ると『古い』にも拘らず、『面白い♪』と感じるのは、

この時代の映画が『豊かさというウソ』を持っていたからだと思う。

 

スター・ウォーズ』の登場人物たちが

NASAの宇宙飛行士風のリアルな宇宙服を着ていたら面白くないだろう。

正義のスカイウォーカーは『白』、悪のダース・ベイダーは『黒』というのも

芝居がかっているからコスプレやグッズになるのだ。

人間にとって『ごっこ遊び』や『絵空事』は快感なのである。

 

007のパロディは数多く作られているが、

そのほとんどがコネリー・ボンドを元にしている理由もそこにある。

茶化す題材は『絵空事』である方が面白いのだろう。

 

ただ、新旧どちらを面白いと感じるかは個人差があり、

必ずしも昔の007が面白いと断定はできない。

だから『007/ゴールドフィンガー』は、シリーズ最高傑作というより、

コネリー・ボンドの中での『最高傑作』と言った方がいいだろう。

主役が代わった時点で、それは全くの『別物』である。

これまでに6人の俳優がボンドを演じているということは、

6種類の007が存在し、それぞれに出来不出来があるわけで、

全シリーズを通しての最高傑作は存在しないと言えるのだ。

 

★ ボンド対オッド・ジョブ ★

最後に、語り草になっているクライマックスの死闘。

金塊保管庫で繰り広げられるボンド対オッド・ジョブの死闘について。

 

オッド・ジョブは鋼の体を持っているようだ。

金塊を投げつけてもはね返されてしまう。さすがのボンドもタジタジだ。

そこでボンドは壁際に置いてある重そうな木の棍棒を手に取る。

ここで観客は『これなら勝てる!』と期待するのだが…

オッド・ジョブの手刀が棍棒を真っ二つに折ってしまう。

するとボンドは折れた棍棒を握りしめオッド・ジョブの顔面を強打!

しかし、オッド・ジョブはビクともしないのだ。

これは強敵だ… って、ちょっと待て!

どう観てもおかしいだろ、この格闘シーン。

 

リアルタイムで観たときも、現在に至るまでも、誰ひとり突っ込まない。

このシーンがおかしいと突っ込む友人知人に会ったことがない。

ボンド対オッド・ジョブの死闘が印象的!

そういうレビューは数多いが、『おかしいだろ!』という感想がない。

もしかして、みんな気づいているので敢えて突っ込まないのか?

突っ込むほどおかしなシーンではないというのか?

騒いでいるのは私一人だけ?

ではどこがそんなにおかしいというのか?

 

まずは下の動画をじっくりと観ていただきたい!

James Bond vs Oddjob (Goldfinger) 

 

ねっ、やっぱりおかしいよね、コレ!

えっ、どこがって?

 

そこでボンドは壁際に置いてある重そうな木の棍棒を手に取る。

ハイ、ここ! おかしくないですか?

金塊保管庫の壁際にさりげなく置かれている木の棍棒

 

普段の業務で何に使うの?

 

金塊を保管するのに木の棍棒がどう必要なのだろう?

これが長年、私を悩ます謎なのだ。

あの棍棒で金塊をかき混ぜ砕くのだろうか?

そんなことのために木の棍棒が1本置いてあるのか?

誰か突っ込めよ!

 

フォート・ノックス金塊保管庫は実在するが、内部は非公開らしく、

この作品のセットは美術監督ケン・アダムの創作である。

だからといって、金塊保管庫に木の棍棒って、ありますか?

答えはひとつしかない!

あらかじめオッド・ジョブ対策用に設置されているとしか思えない!

こんなご都合主義を突っ込む人がいない。もしくは黙認している。

なぜ? Why?

 

気がつかないほど、または黙認するほど、この死闘は『面白い』のだ。

何度観ても飽きない面白さがある。そうとしか思えない。

これだけの不自然さを気づかせない絵空事』の完成度!

これもこの作品を『大傑作』にしている所以である。多分。

好みはあるだろうが、何度観ても私は満足、大傑作!

 

ネット上の『007/ゴールドフィンガーの画像を流用・加工させて戴きしました 感謝!

 

 

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